〈書評〉佐藤 優「世界史の極意」を読んでみた。

佐藤優さんは、現在こそ作家であるものの、1988-1995は外交官としてロシア大使館に勤め、帰国してからは鈴木宗男議員とともに、橋本龍太郎〜小渕恵三首相の対ロシア外交を支えた人。

ロシア語に堪能な数少ない外交官で、独自の人脈を持ち、外交官時代はロシア政局の情報収集にあたりました。

2002年、鈴木宗男事件からむ背任容疑で逮捕され、外務省を追われます。これは明らかに外務省の派閥争い・内部逃走の一環にメディアが乗ったものでしたが、佐藤氏は有罪となり、執行猶予を受けます。

2005年からは著作業に転じて、一躍人気作家となり、外交や国際政治などの解説に活躍されています。

私も10年ほど前にむさぼるように佐藤さんの本を読んだうちの一人。

ゴルバチョフ、エリツィン、プーチンにいたるロシアの最高権力者たち、彼らを支える閣僚たち、ブレーン、日本の外交エリートたちの系譜、米原万里(日本共産党幹部で衆議院議員の娘、ロシア語の翻訳・同時通訳者で、エリツィン来日に当たって通訳者を務めたことで有名に)などなど…彼らとの緊張感溢れるやり取りやゴシップは、下手な小説よりも何倍も面白かった。

それだけに、久々に読んだ佐藤さんのこの本では、衝撃を受けました。あまりにも詰まらなくて。

いやほんと、インテリは現場を離れるとダメだね…

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日本が国際社会から孤立化している問題

この本の中では安倍政権以来、国際社会の中で日本が孤立していることになっています。

本当に国際社会で日本が孤立しているかどうかはここでは論じませんが、佐藤さんが日本孤立の理由の例として上げている「慰安婦問題」の言及はびっくりするほどひどい。

たとえば、慰安婦問題について欧米の人々は、「自分の娘や妹が慰安所で性的奉仕に従事させられたとしたら……」という思いでこの問題を見ています。だから、かつてはどんな国にも公娼制度があったと主張しても、それ自体が人権を踏みにじる者ものだと理解される。こうした類比的な思考を一切考慮せず、「私たちは間違えていない」と言い張ったところで、国際社会からの理解を得ることはできません。

言ってみれば、安倍政権は、コンビニの前でヤンキー座りをして、みんなでタバコを吹かしている連中と同じです。仲間どうしでは理解しあえても、外側の世界が自分たちをどう見ているのかはわからない。…

引用「世界史の極意」より

まず、戦時に女性がどのような目にあったか、この千年、もっとも戦争に明け暮れたヨーロッパの人たちが知らないはずはないということ。

次に「かつてはどんな国にも公娼制度があった」と主張して批判を浴びたのは橋本徹氏ですね。安倍さんは慰安婦問題についてそんな隙だらけの発言は一度も行っていません。

「私たちは間違えていない」と言い張った事もありませんね。

橋本さんは「慰安婦発言」で批判を浴びましたけど「軍隊と性」の問題がきれいごとで済まないことは確かな現実です。

女性への戦時犯罪について、スネに傷をもたない国なんてない。

そんなことは、バカじゃなければ誰もがわかっています。

分かっているけれども、政治的には敢えて同意しにくい。

簡単に解決方法が見つけられない。

そんな言いがかりのつけやすい手を使って、日本を攻撃し、弱体化させようっていうのが中国・韓国の外交戦略なわけです。

それをまあなんて情緒的な。。

かつて日本のインテリジェンスを育てたいと願っていた佐藤さんがなんという堕落でしょうか。残念です。いやまじで。

その後に続く、「安倍政権は、コンビニの前でヤンキー座りをして、みんなでタバコを吹かしている連中と同じ」という薄っぺらい考察にもびっくりしましたけどね。

知性もユーモアもない侮蔑の言葉で日本が孤立していると言われても、どうやって納得したらいいんだかちっともわかりません。

このようにネットに溢れる考察以下の考察を堂々と「世界史の極意」なんて本に書いちゃうあたり、佐藤さんの劣化は本気で心配するレベルに達しています。

中東欧史を語りながら

佐藤さんの分析の偏りは他にも多々見られます。私が「え、それおかしくない?」とか「いくらなんでも考察不足だなあ」と思うのは基本的に歴史部分。

でも歴史を間違って著述されると、この本の肝である「歴史的事件をアナロジーで認識して、現代の問題を捉えよう」というところに関わるんですよ。

で、ここが間違っていると、他の箇所まで疑わしくなってくる。

代表的な箇所をいくつかあげておきます。

先生曰く「帝政ロシア以前の中央アジアは国家のない土地」

13〜15世紀、チンギス・ハンの長男家によるルーシ(ロシア)侵攻、ジュチ・ウルスの成立により、全ルーシ(ロシア)はモンゴルの支配下に入りました。

キエフ、モスクワ、ノブゴロドなどの各都市を治めた大公は、ジュチ・ウルスのハンに従うことで就任を許されたもので、彼らはハンに貢納しています。

つまりジュチ・ウルスはルーシの宗主国でした。

チンギス・ハンの末裔たちは20世紀にいたるまで中央アジアに多くの王朝を築きました。

中央アジアは国家のない土地ではなく、モンゴルの後継国家がひしめく土地でした。

それらは近代国家とは異なる国家ではありましたが、だからといって「帝政ロシア以前の中央アジアは国家のない土地」とは言えません。国家の定義ってそんなに狭いもんじゃないですから。

いったい、佐藤先生がこのモンゴルをまるっと無視した歴史観をどこで学んだのか、非常に気になります。

まさかロシア? ロシアで学んだの?? だからタタールのくびきはまるっとスルーなの??

先生曰く「スコットランドに自らを重ねる沖縄メディア」

2014年のスコットランドのイギリスからの独立を問う住民投票についての沖縄メディアへの報道についての考察もひどかった。

沖縄人にとっては、スコットランドの住民投票は他人ごととは思えない。本土の人間と沖縄人とでは、同じ出来事が違う意味をもって受け取られている。つまり、イングランド人とスコットランド人と動揺に、この両者でもカイロスが…

と、スコットランドの住民投票の少し後で行われた沖縄県知事選挙に翁長氏が仲井眞前知事に10万票以上の差をつけて当選したことを関係付けた考察が続くんですけれど、いくら庶民向けのNHK新書とはいえ「他人ごととは思えない」ってインテリジェンスの欠片もない言葉ですよね…

で、沖縄が琉球として独立したらどうなるのか。

日米を排した沖縄は、確実に、太平洋に進出したい中国の支配下に入れられると思いますが、というか、それを狙った中国の巧妙なメディア支配であることは、気づいてないんでしょうか。

沖縄県民の方がしっかり気がついているから、中国への好感度は89%が「良くない印象」「どちらかと言えば良くない印象」と、否定的なわけで。

琉球の民族問題を語るにしても、ここは覇権主義国家によって相手国への謀略として仕掛けられる民族意識について語るべきだったと思います。

沖縄に関しては特に情緒的で、かつての佐藤さんらしくない、ゆるゆるな考察でびっくりします。

偏った本なので、全然お勧めしないです。

というわけで、久しぶりに佐藤優さんの本を読んで、愕然としましたって話でした。

民族主義の誕生、近代国家と国民の誕生などにはページを割いて細かく細かく論を展開していると思いきや、突然やけに大雑把で情緒的な考察が始まる。

全体としてまとまっていないので、考証に乗っていけない。

インテリジェンスの専門家がこんなに安くていいわけはない。

というか、こういう人だからさっくり外務省に陥れられたんですね…ようやく理解したかもしれない。

(そしてこういう人を祭り上げる文化人としてマスコミ…)

佐藤さんがこの本で訴えていた、

「生き抜くためには他者の気持ちを思いやり、相手の立場になって考えるべき、そのために歴史を活用するべき」っていうのは完全同意です。

でも、他者・相手の立場になって歴史に習って考えた時、却って悪意や謀略に気がつくということもある。

というか、多分国家間のことであればそっちの方が多いと思います。

歴史なんて真っ黒ですよ。だから相手の思惑を外し、乗らない。むしをそれを利用する。そういう知恵を見たいのに。

それなのに、急に劣化した論旨で情緒を語りだすので、「花燃ゆ」かと思っちゃいましたよ!! 残念です。

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