忍者はどのようにして忍者になったのか。

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真田丸には猿飛佐助も出てくるようなので、日本の誇るクールジョブ「忍者」について、私なりの考察を書いてみたいと思います。忍者といっても史実の「忍び」じゃなくて、ゲームやコミックなど、サブカルも含めての「NINJA」ですね。

「忍者」の特性をざっとまとめると、

報酬によって主君を変えるクールでカジュアルな傭兵
すごい、身体能力
マジカル☆

この3つだと思いますので、これらをそれぞれ考えてみます。

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報酬によって主君を変える?

報酬、と考えると忍者が非常にニヒリストに見えてくるんですけれども、

山間の農耕に適さぬ地形のため、古来免租の集落としてその時々の権力者の支配を受けずに半ば独立した村落共同体として存在し続けた。免租の特権を保証してくれる実力者側に常に出兵し、古くは壬申の乱以来幕末までこの政策は変わらなかった

wikipedia 十津川村より

もともとは、報酬じゃなくて、免税のためだった…。

和歌山・奈良・三重・岐阜・滋賀・長野の山地など、今地図で見ても山深いこの地域には、上記の十津川村と同じような村・里がいくつもあったんじゃないか。7世紀の壬申の乱の際、はじめ劣勢だった大海人皇子(天智天皇)が、吉野・伊勢・伊賀・熊野などを廻って兵を集めて劣勢を跳ね返して勝利したんですが、彼らはおそらくそれ以来、戦国時代が終わるまで、同じ事を続けてきたんじゃないでしょうか。

免税と言われると、全然ニヒリストに思えなくなりますけど、目的がはっきりする分、より切実な事態だったんだろうと思いますね。それだけ貧しかったんだと。そりゃ、確実に勝つために諜報活動も行うだろうし、武芸の腕も磨くだろう。

NARUTOの、忍者は仲間のために戦うという少年ジャンプ的なアレは、あながち間違いではありませんでした。仲間とか、自分が生まれ育った村・里への忠誠心がアイデンティティだったんではないか。

そしてカジュアルというのは、つまりは身分が低かったということですね。よくわかります。

すごい、身体能力?

忍者といえば、人間離れした身体能力の描写も欠かせませんが、これは修験道と、狩猟などを生業とした山の民の文化の影響でしょうね。

修験道は日本独特の宗教の一つで、

修験道は、日本各地の霊山を修行の場とし、深山幽谷に分け入り厳しい修行を行うことによって超自然的な能力「験力」を得て、衆生の救済を目指す実践的な宗教でもある[1]

wikipedia:修験道より

というように、山の中で身体を極限まで極める厳しい修行を行います。

かの比叡山延暦寺には千日回峰行っていう、大変過酷な行があるんですが、

  • 深夜0時半に出発し、片道24km(合計48km)、高低差1300mの険しい山道を登って帰る、という行を5年間かけて合計700日行う
  • 行に入ると睡眠時間は一日4時間。掃除洗濯食事の支度は自分で行う。もちろん食事は粗食
  • 700日の行を終えると、翌年9日間の「断食・断水・断眠・断臥」の行
  • 6年目は回峰行が100日。1日の移動距離が60kmに伸びる
  • 7年目は最初の100日が距離100kmに延長、残りの100日が比叡山中の30kmになる
  • これができれば満行

山の行の雰囲気が伝わりますでしょうか。ちなみに、どんな理由があっても、行を始めたら途中で辞める事は許されず、辞めるときは死ぬ時。自害用の短刀と首をくくるための紐を持って行に挑みます。ハードボイルド。

2013年に亡くなった酒井雄哉師という、比叡山1300年の歴史上3人しかいないという「千日回峰行」を2回達成した「昭和の大阿闍梨」がいらっしゃいまして、私、ずいぶん以前にこの行の様子を伝えるNHKの特集を見た事があるんですけど、途中で栄養失調になるわ、足は怪我するわ、腫れ上がるわ、心臓は悪くなるわ、行をしている間は自我とか消える、保てないっておっしゃってましたね…

忍者もこういったノリで身体を鍛えていたんじゃないか妄想します。

で、もう一つは、狩猟民などの山の文化の影響ではないか…ということですね。

昔はサンカといって、中央の政治に属さない自由民のような、ロマンチックな思い入れで語られる人々がいたりしました。

サンカが本当に存在したのかっていうと疑わしい感じなんですが、しかし、柳田国夫の遠野物語なんかを読むと、山で体験した不思議な、そしてちょっと怖い話がたくさん語られていますよね。

他にも、東北地方のマタギたちが雪山を飛ぶように駆けながら狩りをする様子を、驚きをもってレポートしたノンフィクションなんかがいろいろ残ってます。これまた超人的なんですね。

ですから、サンカのような純粋な山の自由民みたいな人たちはいなかったろうけど、多分、山を生活の場としていた人々は、平地民に住んで農業・工業をしてた人々とは違う身体文化・精神文化を持っていた。

それが現代の忍者のイメージの中に含まれているのでは、と思います。

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マジカル☆?

忍者と言えば「火遁の術」とか「分身の術」とかの忍術とかいうやつ。

あれも身体能力と同じく修験道と、山の文化の影響だろうと思います。その証拠に、昔の忍者漫画ではチャクラは練ってませんでしたが、真言(サンスクリット語の諸仏への呼びかけの言葉)を唱えていました。修験者の神秘的なイメージが仮託されてたんですね。

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なんてとこでホラ貝ふいてるんだろう、の図(wikipediaより)

もう一つ、山の文化の方ですが、危険でいっぱいの山に分け入る人たちは、薬草や鉱物などの豊富な知識をもった技術者でした。平地にいる人々から見ると、それだけで大変不思議なものに見えたでしょう。当然毒なんかも知ってたでしょうし。

また、山言葉と呼ばれる忌言葉や、五色米(色を染め付けた米。割合を変えて地面に巻く事で、情報の伝達を行った)や、木の枝を結んだり、幹を削って情報を伝えたなんていう、山で暮らす人々同氏の独特な文化も、排他的であるだけに脅威だったろうな、と思います。

こういうのをすごく想像力豊かに発展させていくと、「忍術」になっていきそう。楽しい。

真田丸の佐助は藤井隆さん。

真田十勇士が登場して、冬・夏大阪の陣で大活躍!!というとんでも展開はなさそうですが、佐助:藤井隆さんとあるので、エンタメ枠かな、と想像しています。

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画像転載元:映画.com

どうなりますかね、楽しみです。

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