21回「ぬしの名は」進まない財政再建と人不足。苦い乙女ゲー。

乙女ゲー的には龍雲丸という新しい攻略ルートが解放されましたが、ストーリー自体は苦かった…のに楽しかったですね。

なんだろう、この甘辛みたいな甘苦みたいな複雑な味わい。

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進まない財政再建

まず何が苦いって、財政再建がなかなか進まないところですね。

人材が少しずつ集まってきたり、綿布が作れるようになったりと、良い兆しはありますが、販路の開拓をどうするかとか、流通コストを考えるとどうかとか、今までの大河だったらさらっと流してもらえたところまできっちり表現されてしまって、苦労からなかなか脱出させてもらえない井伊家辛い(笑)。

とうとう、「材木をやりましょう。盗まれるくらいだから売れます!」と方久が言い出したのには爆笑しました。

何という明快な論理。

方久さんの才覚には人をして惚れさせるものがある…。

よりハードな問題解決

しかし、財政以上に、井伊家の人数の頭数が絶対的に不足している感がすごいです。

山に資源はあるけれど、人手がないから切り出せないとか、盗賊の追っ手を出すと之の字がいなくなって警備が手薄になるのが不安とか、ギリギリで回してる感じをストーリーの中で本当にうまく出していますね。

材はもちろん、数が足りないんです。

大河ドラマではっきりと描写されたことはありませんが、戦国時代の戦というのは労働力としての人間の取り合いでして、領主たちは労働力不足とそれによって起きる食糧生産不足の解決のために領地拡大を図りました。

直虎では、不足したものを他所から奪って解決するのではなく、地道に良条件を提示して人を集め、新事業を始めることで問題解決を図る姿が描かれます。

見方を変えると、井伊はいつ滅びてもおかしくない家何ですけれど、実際に滅びてしまうと周囲の迷惑なので滅びることもできないという、どこかで聞いたことのあるような話でですね。

あるもので何とかするしかない、というのは経営ドラマとしてすごく面白い展開だけれど、しかしとってもハードモードですよね。

表面は甘いが、とても苦い

しかも井伊家の再建の土台づくりというハードな役割を担う直虎は、リーダーとしては大きな国を治めるだけの才覚を持ち得ない人物として描かれる。

大河でリーダー論を語るのもなんですが、直虎ちゃんの政治は人治主義的な、直虎ちゃんの人望あっての政治で、井伊を立て直すことはできても、寿桂尼の後継者にはなり得ないことがきっちりと描いてあります。

人望があることは素晴らしい。しかし、主人公を決して甘やかしません。

(少し前の大河ですと、その辺りを描き分けず、小さな政治が大きな政治を動かす的な期待を持たせたような描き方が多かったんですが、直虎の描写は為政者に対して大変厳しいものがありますね)

で、そういうのを描きながら、龍雲丸という身分制度の外側にいる人間を魅力的に乙女ゲームに参加させたりする脚本がほんっと罪だなあって・・

いやすごく楽しいです。

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