20回「第三の女」井伊直親被害者の会。500年の時を越えてスケコマシが繋ぐ女の紐帯(笑)

井伊谷の最重要人物・虎松、その生母であるしのちゃんが、後見である中継ぎの直虎と不仲という現状が改善される回でしたがなんだかすごくおもしろかった。

内容自体は、男の死後、隠し子が発覚して嫁と元許嫁が本音をぶちまけあうという小河ドラマだったんですが、現代性…というか現実性というか、「イケメンのサイコパスは、要するにスケコマシだった」というあるある感があまりにも自然に昇華されてしまい、時間やドラマという枠を飛び越えて登場人物に共感しまいました。

なかなか珍しい体験でしたね。大技。

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井伊直親という男

史実では、信濃から井伊に戻ってきた時にはすでに妻子があったという井伊直親。それを劇中で表現しなかったのは、次郎との恋と別れの演出の為だったはず。

苦労の末サイコパス的なメンタルを身につけ、しかし次第に氷が解けるように人の心を取り戻して、次郎と心を通わせた後、非業の死を遂げる。

そんな直親様の実態が「要するに自分の容姿のよさをうまく使っていたスケコマシだった」と喝破するの最高でしたねww

視聴者は神の視点を持つので気がついている。

しのちゃんは気がついていたけど他の人にわかってもらえずストレスを抱えていた。

男女の仲に鈍い直虎が今回ようやく気がついたことでしのちゃんと和解する。

のホップステップジャンプ。

あの瞬間、500年の時を越えて視聴者と歴史的人物の気持ちがつながったのすごかったですよww

幻想が壊れた瞬間

でも大笑いしながら切なくもありました。

見た目と笑顔がさわやかで調子が良いが、人の気持ちが本質的にわからないサイコパス、のように思われた直親、直虎の思い出のなかで美化されていたであろう直親が、一気に、生身の、ただの若い男になる。

スケコマシとキラキラの回想シーンには思わず笑っちゃったんだけれども、直親という男の幻想が壊れて、ごく普通の若い男にすぎなかったことが明らかになり、普通の若い男であった直親の不幸と非業の死が、乱世の厳しさとして改めて視聴者に迫っても来るわけです。

直虎は大河ドラマというか、大河に翻弄される小川たちのドラマに過ぎないのですが、小川さんたちが持つ現代性をうまく捉えて共感を持たせてくれるドラマになっていますね。

その流れで言うと、いつもは天真爛漫で挫けない直虎が、直親に娘…というか、女(すでに死んでしまった彼女がタイトルの第三の女なわけですね)がいて、周囲から気を使われることで帰ってダメージ受けていくとか、

しのちゃんの同情は直虎へのマウントと思わせて、直親と直虎の間の絆が本物ではなかったら、自分はなんのためにあんなに苦しんだのかと本音をこぼすところがすごく女子っぽくて面白かった。

また、しのちゃんが、だんだん自分の気持ちの表現ができるようになって、成長したのがよかったなあ。

しのちゃんは虎松のために自分の気持ちを抑えることができるようになっていく。そのきっかけは但馬のあの言葉で、ほんと但馬の全方位ツンデレはありがたいです。

後、おそらくしのちゃんの気持ちを受け止めて癒し続けたであろう、新野の長女のあやめさんGJだよね。

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