〈雑文サルベージ〉 #おんな城主直虎 16〜18 この愛の物語をどうしたら。

はんすうAIDのFacebookに支店につらつら書き溜めている雑文の蔵出しエントリです。

・視聴直後の感想
・とま虎をまとめた感想

井伊家の先代たちが一斉にいなくなったために妙に風通しがよくなっていく。

そんな中で直虎と小野但馬の直親を巡る因縁も、次第に風化していくというのが16〜18回だったかのかな。

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16回 綿毛の案

16回視聴終了。

六左に「(物見遊山が)お好きになられたのでは^^?」と言われてメラメラピキピキっと来ちゃう政次が可愛すぎて、柳楽優弥の胡散臭さと男の色気がきれいさっぱり一掃されちゃったわね。

あれは幼馴染の玉山鉄二が「八重さんはそんな人じゃないのに」みたいなことを言い出した時に時に、ハセヒロ尚之助様が「お前が何を知ってるっていうんだ」ってイラッとしてたのと同じだったわね(八重の桜よ)。

さらに政次に雑巾で汗を吹かれて金魚のように震える六左が可愛すぎだったし、直虎の操縦方法がどんどん的確になっていく之の字も可愛すぎだし、こうしてみると、傑山さんと昊天さんてなんて正統派イケ坊主なのかしらね。貴重だわ。

あとヒロインの方久と、いつも息のあった芸を見せるあの人は一体なんなの? 大好きなんだけど。

おんな城主直虎ってつまり、三浦春馬直親という正統派イケメンの星が散って井伊谷の各地に降り下り、次郎を助けるイケメン(濃い目)に姿を変えたという乙女水滸伝か乙女八犬伝か乙女アストロ球団なんじゃないかしらね。

こんなに楽しいのに、乱取りと人身売買、国衆たちの独立性、情報流通とポイントを押さえているのもすごいわよね。
百姓を借りたい→戦?みたいなやり取りも。普通はそうだよね!

とま虎:16回がびっくりするくらい楽しくて

16回のとま虎できたわよー。
直虎の家臣たちのキャラ推しが楽しくて浮かれてしまったけど(私はね!)、
労働力と人身売買の話をすっきり扱っていて興味深かったというツイートが多数あったわ。

ここで「そんなことはあってはならない」なんてセリフが出てこないから安心して見ていられる、という指摘があったんだけど、私も同意見だわ。

決して史実に沿って生々しい大河をやってほしいという意味じゃなくてよ?

近年の「戦は嫌でございます」大河は、現代の「戦争は嫌です」とリンクしてたじゃない? 現代の価値観が持ち込まれて、奇妙な形で物語を縛ってしまっていたことが残念だったのよね。

戦争の話になると判で押したように女性が同じことを言い続けていて、見ていて微妙になったものよ。

というのが制作側に伝わったのかしら、昨年からそういうことは言わなくなったことに本当にホッとしているし、さらに一歩進んで、直虎で当時の風俗や制度をストーリーに絡めてきたのはすごい面白いわよねえ。

えーっと別に、リアリズムの信望者というわけでもないのよ。リアリズム大事だけど。

でも、ドラマくらいは少しは自由でいてほしいなあって思うのよ。

16回はなんだかやけに楽しい回で幸せでした。直虎の日常パート楽しい( ´ ▽ ` ) その代わり戦が始まるとあれだけど・・

17回 消された種子島

直虎17回視聴終わりよ。
今回は直虎ちゃんの男性性というか両性兼任なところが強調されていたかしらね。

男たちに囲まれているときは「おんな城主」なんだけど、
女子どもに相対すると「男直虎」になっちゃう。

幼い頃に出家して、女として成長していない、かと行って肉体的に男でもない。
本当はそれは悲しい痛ましいことのはずなんだけど、直虎はなんかもう自分の存在を割と肯定的に受け止めてるのね。

それをこっちも落ち着いて見ていられるのは直親との「魂の結婚」があったからだと思うのよ。

もしその「魂の結婚」がなく、ただ家のため、奉仕と喜び、みたいな話だったらちょっと耐えられないわよね。

森下脚本エモさが際立つわ。

しかしこうやって考えてみると、しのちゃんが直虎大嫌いなのは当然よね。どんだけしのちゃんを蔑ろにしているかと思うわよ。

それでいて直虎は子供時代から徳を積んじゃってて、もう差が広がってどうにもならないしね。

ところで今回はそんなしのちゃんが大幅に成長したのがよかったと思うの。

あの女に子供も取られる気がする、と新野の長女に正直な打ち明けたり、子どもの成長のために親としてサポートに回り、昊天さんにちゃんと頭を下げたりして、立派な姿を見せたわ。

それでいて直虎のことは複雑な目線で「きっ」とにらんだりして、ドキドキしちゃったわよ。あれすごくよかったわー!
あれがきっと百合よね。すごく楽しいわ。

と、楽しいことを先に書いちゃったけど、正直にいうと、ホームドラマほのぼの+不穏でドラマを引っ張っていくのにそろそろ飽きてきたわ。

後々の展開のために色々序盤に伏線を仕込んでおくのは当然理解するけど、私が言いたいのは、仕込む伏線をもっとさりげなく、面白くしてほしいということなのよ。

おとわと氏真のリフティング勝負が後々効いてくるのはそりゃあそこまで演出されたら誰にだってわかるわよ。
ちゃんと後で生かしてくるのは偉いわ、さすがよ?

でもごめん、ちょっとくどいわ。

最後に落とすことになって申し訳ないわ。

でも次回は城主編の肝!な回の予感(すごいサブタイだし)。
ここ2回が箸休めのホームドラマ回だったと信じてるわ。
まだゾクゾクするドラマを見せて直虎ー!

とま虎:直虎 vs しの

17回のとま虎ができたわよー。

今回政次のところ以外で熱かったのは、直虎vsしのの第二ラウンドだったわね!

視聴率調査でもF1層が多めだし、直虎TLも真田丸TLに比べて若くて女性が多い印象だから、ここがとっても熱かったのは納得が行くんだけど、それにしても面白かったわ。

この二人は、どっちかが一方的に悪いということはなく、どっちもそれなりに共感でき、どっちにもそれなりにドン引く、という風にうまく描かれているのよね。

TLも、

・子育てに口出しする直虎がうざい
・だからといって子供本人の前で子供を落とすのはよくない
・じゃあお前が産めよっていうしのちゃんはひどすぎる
・でも直虎もデリカシーがなさすぎる
・しのちゃんの直虎憎しは仕方ない
・直虎こそいろんなことを耐えてきてるのにしのちゃんの視点はひどい

と意見が別れてて面白かった。

しのが直虎が嫌いなの当然だけど仕方ない、直虎の代わりに正妻になって直虎の代わりに後継を産むのがしのの役割なのに、ピーピー騒ぐしのがうざくてしょうがない、というびっくりするようなツイートもあったけど。

アンチツイートには驚かない私だけど、こういう人間の闇をのぞかせるようなツイートには…うん、手を止めちゃうわわね。

昨年の真田丸では、信之と昌幸の関係で闇ツイートが多かったのよ。
父親のくせに子供に甘えやがって昌幸お前絶対許さん、みたいな。つまり現実の親と長子の相克が感想に吹き出しちゃうのよ。

エマニュエル・トッドが、日本とドイツの社会は、親の権威が大きく、兄弟間が不平等で、継続性を重視する社会と分析していて、資本主義を発展させるのに有利に働いたのだろうと論じていたのを思い出したわ。

ちょっと話が飛んだけど家族関係って暖かくて良いものってだけじゃなくて、闇の根源でもあるじゃない?

大河ドラマで家族をあつかう時、昔はともかく最近はそっち方向からのアプローチは少なかったわよね。
でも直虎は、普通の人間の抱える闇をちゃんと描いてて、その中に家族関係も入ってるのよ。
そこが面白いなあと思うのよ。

しのちゃんと直虎には闇に飲み込まれないで欲しいなあと私は思っているし、多分そう描かれる。

直虎は直親との失われた愛を糧に、
しのちゃんは我が子のために、

自分の闇を超克していくっていう物語は女性大河の王道かもしれないわ。

小さな国の小さな物語なんだけど、そういうところで妙にスケール感を出してくるの、直虎の好きなところよ。

直虎では日常から生まれる闇が描かれますね。生まれ持った自分の性格や生き方から抱え込まざるを得ない闇。

で、登場人物はそれを正面から乗り越えていく。

こういう物語を女性脚本だから描けているとは思わないけど、女性の脚本家だから女性の闇の設定はすごく的確だなあって思う。

反対に政次を始めとする男性の存在は割とファンタジーよね。

18回 あるいは裏切りという名の鶴

18回視聴したわよ!
直虎はサブタイで笑いを取っていく方針なのかな?と思いきや、突然核心をぶっこむサブタイがきたわね。みんな生きてる?

今回のハイライトはもちろん井戸の前で亀に愚痴る鶴と、本心を互いに隠しあって協力を誓い合う直虎と政次なわけだけど、「あいつの夢枕に立って後見を降りろとでも言ってくれ」という鶴に対して、亀が書物を通して直虎に鶴の真意を知らせたように私には見えたわ。
亀は死んでからいい仕事をするようになったわね。
亀じゃないわね。直虎という盾を立てることで、自分一人で何もかも背負おうとする鶴を井伊の父祖たちが守っているようにも見えて、なんだか泣けてしまったわ。

直虎と政次が協力し合えるようになってよかったわー。
まあこの先のことを考えると、今ここで和解したことでさらに心をえぐられることになると思うんだけど。

あと私的ハイライトは、武田と聞かされて気合いで死の淵から生還した寿桂尼様ですね。
真田丸のおとり様のナレ死遮りをさらにバージョンアップさせたのが面白かったわ。

前回の感想でも直虎の女性の描き方がとても感動的なことを書いたけど、寿桂尼というすごくスケールの大きな高貴な女性をしっかり描くことで、直虎ちゃんのスケールの小ささをうまくフォローしてていいわ。
直虎は小さい、だけど気高く粘り強い。でもそれが彼女の個性なのよねって、私、すっかり次郎クラスタだわね。

鶴についてはブログで書くわね。

とま虎:期待の鶴回

18回のとま虎が遅くなって申し訳なかったわ。
最初の頃はツイート数が少なかったし、5時間くらいで終わってたんだけど、今は真田丸とあまり変わらなくなってしまったの。
ブログの更新が止まるのはまあよくあるんだけど、TLまとめにまで影響が出ることは滅多になかったので、今回は皆さんに気を遣わせちゃったわね。ごめんなさい。いつもありがとう。

さて、期待の鶴回だったわけだけど、その前に直虎のすごいところを改めて述べておくと、人物の感情表現がすっごく細やかなことね。
今やTLは圧倒的に女性が多く、真田丸よりもかなり若い感じがする。
で、そういう視聴者が何を見ているかというと、舞台と設定、その上で展開される人間関係の機微なのね。

昔とても単純な人間であった私は実はこういうのがよくわからなかった。
というか、わからない理由もわかっていなかったという体たらくだったんだけど、今はこういうドラマを見るのがすごく面白くなったわ。

こういう大河が作られるようになり、面白いって評価する層がいることが嬉しいわ。

いつも鋭い指摘ツイートを上げてくれる先々咲喜さんが、

「視聴者を性別や年代で分けるのは間違いで、新しい視聴者を取り入れるというのは、それぞれの年代の『そういう視聴者』を開拓することなのでしょう。そしてそういう伝道師的な才能のある方たちを核として、布教活動を行ってもらうことが。」

と言ってくれたんだけど、これは、性別や年代じゃなくて、もっと共通する人間としての趣味とか嗜好とか、そういうものに訴えかけるマーケティングの必要性の指摘で、これからすごく重要になっていくことなんじゃないかと思う。

小野政次の感情描写が全くわからない層がいる。しかも人数にすると結構多い。

そちらにだけピントを合わせられてしまうと、わかる層にとってはつまらない作品になってしまうんだけど、こうしてエビデンスとして残すことでどちらの層に向けても作品が作られる。制作の力量も磨かれていく・・というなんじゃないかしら。都合よく考えすぎかしら。

つまり何が言いたいかというと小野政次という人物像は、Twitter民やドラマクラスタならわかるだろうという前提でまず設計されている気がするのよ。
つまりドラマをすごく集中して見て、何や彼やと分析したり解釈したりする層向けね。
でもそうじゃない層に向けても美しく造形されている。
その結果ちょっとこう、大げさな人物が出来上がりつつあるんだけど、まあほぼ主役だからね、小野政次。
主役になにより大事なのは「魅力」で、そこは十分すぎるほどクリアしているから全く問題ないわ。

上の方でも書いたけど、小野政次って妖精だと思うんですよ。

だからこそ、直虎への愛の純粋さが成立するところがある。でも高橋一生が演じることでちょっと生臭いところもある。何かと冗談めかして言う「嫁」とか。

ぎりぎり大河ドラマの枠内に収まっているようなところがあって、そんな彼の初恋の女へのアガペー(頭をかかえる)。

それを一度昇華したねえ…。すごく愛の物語だった。

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