16回「綿毛の案」家臣大河の新潮流。等身大の人間の魅力。

家臣大河ってのがあると思うんですよ。

戦国大名の家臣とか陪臣(家臣の家臣。つまり、秀吉からみた直江兼続、信長からみた黒田官兵衛ちゃん)が主人公の大河ですね。

「おんな城主直虎」は、直政の輝かしい出世の後も徳川の譜代家臣ですから、あらゆる意味で家臣大河なんですが…

スポンサーリンク
ad

家臣大河の行き着いた先

私はこれまで「家臣大河」というものを割と批判して来ました。

サブリーダーの物語は、リーダーが主人公の物語に比べてスケールが一つ小さくなる。

それを予防するために主人公を無理に持ち上げるため、人間関係の描写がおかしくなることが多く、破綻が見えることが多かった、というのが批判の理由です。

「天地人」を出さずとも、「利家とまつ」「功名が辻」、いずれも戦国の三英傑を堂々と描くときに比べて押し出しが弱かったために、英傑がむやみに主人公を持ち上げるシーンがすぐに思い出されます。

しかしここに来て、主君のため、主君の望みのためにあれやこれやと気を揉む等身大の家臣たちを描くという形の家臣大河が出て来ました。

この流れは真田丸からすでに始まっていましたが、直虎は、女性のお守りをする男性、という乙女ゲー目線を入れて、新たなジャンルを発掘しました。

乙女ゲーです。乙女ゲーなんですよ。でも男性の魅力を表現するという大河のテンプレートには沿ってるんですよ! なぜ今までnhkはこれに気がつかなかったのか。

個性と魅力とは

いや気がつかなかったことはないと思うのですよ。新撰組もイケメンコンテンツですし。

ただ「花燃ゆ」を思い出すに、登場した男性の個性を魅力的に表現する、ということはちょっと分かっていなかったんではないか。という気もするんですね。

特に00年代後半〜10年代前半の大河は、登場人物を清く正しくするか、常人には計り知れない内面の持ち主系に描くことが多かった気がする。

もちろん例外はありますが、個性を個性として放置できない、フォローして予定調和に落とさないと安心できないとでもいうようなところが感じられたんですよね。

このように大河ではややロストしていたごく普通の人間の個性や魅力というものが、真田丸で丁寧に描かれ、直虎で乙女ゲーとして開花したの、すごく面白い流れの変化だと思います。

直虎はイケメンを並べているわけじゃないんですよ。

三浦春馬と市原直人はすごいかもしれないけど、高橋一生はものすごく魅力的な個性派俳優であって美男かと言えば微妙(すみませんw)、城主編から本格的に登場したムロ方久や矢本直之、田中六左も決して美男・イケメンとして登場したのではないのですよね。

それぞれの個性に合わせて、王子様キャラなセリフを喋ったり、気立ては良いけどヘタレな忠臣だったり、胡散臭いヒロインみを発揮するのが、とても楽しくて魅力的なのだということを、ここは敢えて言語化しておきますです。

昊天さんなんて、何が魅力的って佇まいがいいんだから恐ろしいよ。

私としては直虎が発見したこの潮流を、nhkが今後も引き継いでいってくれることを切に願うものであります。

スポンサーリンク
ad

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
ad