忠義者たち 其の壱 本多忠勝 殿 二君に見えなかった幸せ。

3月にモンペ選手権をしてみたらとても楽しかったので、「真田丸」に登場した主従の従者、臣下・家臣たちについてつらつら書いていく新連載を始めたいと思います。

関連ページ:〈ワークショップレポ〉全真田丸モンペ選手権で、モンペを採点してもらった。

真田丸は、真田家の物語であると同時に、様々な主従の篤い絆を魅力的に描いたドラマでもありました。

私にとってこの辺は割と興味深く感動するところでありました。

自分を投げ出して主君のために働きたいと思う、あるいは主君の望みを叶えたい、主君を守り支えなくてはならないと自分に課す。

ということをですね、多くの家臣たちが一生懸命やってい他のが非常に面白く感じられた。

愛情を注ぐ対象は誰にでも必要だけれど、忠誠を誓う対象というものを強く必要とする人も存在する。

そして意外とそういう人は幸せそうなんだこれが。

逆に注がれたり誓われたりする方が大変そう。

画像転載元:nhk公式サイトより

というわけで、第一回は忠誠を誓われる主君がとても大変そうだった真田丸最強 本多忠勝殿(モンペ選手権優勝者)でお届けします。

スポンサーリンク
ad

幸せなif

真田昌幸と同時期(ドラマでは同じ回)に死んでいく本多忠勝を、誰かが「昌幸の幸せなif」と評したのがすごく印象に残っている。

生涯忠誠を誓った武田信玄を人生の早い段階で失い、二君、三君どころか、織田・北条・上杉・徳川とたくさんのケツ持ちを持たざるを得なかった真田昌幸と違い、松平に古くから使える家に生まれた忠勝は、生涯二君に見えることがなかった。

忠勝ならば主君を変えることもあっても全力勝負だったのでは、という気はするけれど、でもこの「生涯ひとりの主君に使える」幸せが選ばれたものにしか与えられないものならば、忠勝の人生にあってよかったなーと思うのである。

ところで真田丸で面白かったのは普段の本多忠勝が多少気を抜いて、家族や主君への愛情をだだ漏れさせながら生きているところ。

本多忠勝は戦場では勇猛かつ合理的な振る舞いで知られるハードワーカーだけども、人間は常に合理的には生きられない。

忠勝が普段は感情の発散を優先させていたのかなあと思われて微笑ましかった。

(忠勝の合理性を表現するシーンは少なかったけど、伊賀越えの際に「あの明智殿がそうと決めてことを起こしたならば、万が一にも討ち漏らすことはないでしょう」と冷静な判断を見せ、先導する半蔵をフォローして自分は殿を務めるの、とてもかっこよかった)

しかも、その移行が一見してシームレスで、常に暑苦しい感じで愛嬌たっぷりなんですね。

画像転載元:nhk公式サイトより

家康が「びびり」という機能で有能な腹黒さと人間としての優しさを行き来するように、忠勝は何をしていても常に本気という暑苦しさで、合理性と感情性を行き来していたような気がする。

東国最強と親バカでバランスを取っていたというべきか。

どちらにせよ、東国一と称された武勇と戦術的才能を、ただ一人の主君のために使うことができたという幸せが、彼の日常のだだ漏れの愛情を支えていた。

扇の要のように、忠勝の幸福の原点には主君への忠誠心があった。

というように造形されていたのではないかな。

だとしたら、藤岡弘、さんの演技が説得力ありすぎだった。

スポンサーリンク
ad
スポンサーリンク
ad

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA