12回「おんな城主直虎」スイーツが抉りに変わるとき。

直虎は女性大河としても珍しく成功しそうだけど、家臣大河としても道を開きそう。

当主ではないことでスケールが一回り小さくなることが家臣大河の弱点で、それを解消するために主人公をむやみやたらに持ち上げたのが天地人、家臣が精神的に主君を見捨てるという一捻りした趣向を出してきたのが官兵衛ちゃんだと思ってる。

直虎では、自分が裏切り者になっても主家を守るところまで追い詰められた政次から、家康の家臣として躍進する直政にリレーがつながる…んじゃないかと思っている。

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今川の衰退

直虎においては紳士的で寛容な大名としてクラスタに評価されていた今川だけれども、衰退の局面では国衆たちの離反が相次ぐ。

(実際のところ、今川家の国衆支配は、織豊期の大名と比べると緩やかで、井伊家の家督相続について口を挟めなかったし、領地から引き離して城下にまとめて住まわせることができるだけの力はなかった)

お城の構造にもその辺りが現れているそうです(by千田先生)

今川家は、権威による緩やかな支配によって領土を広げた大きた戦国大名…そういう家が見せしめのためにとある国衆を粛清した。それが井伊家だった。

人の身の幸せを全部捨てた

11回は亀回で、12回は鶴回だった。

直親が今川の罠にはまったことで、政次の選択肢がなくなる。今川から伊井を守るために、政次は己の幸せを全部捨て、裏切り者として井伊を守ることになる。

小野は井伊の公式記録では、親子二代にわたって讒言をしたと伝えられてるわけだけど、それをこういう風に料理して出されるとは予想外だった。

幼馴染としての絆はまだ鶴の胸にある(たぶん次郎にも)、だけど対立することで後年の松平乗り換えがうまくいくだろうことが予想がつく。

しかもこれが登場人物の誰にも見えていないが、視聴者にはすでに明かされている。

視聴者に神の視点を与え、しかし且つぶん回してくるってうまいな。私は、森下さんの作品を意識してみたのは「天皇の料理番」くらいだけども、思えば確かにこういう技を使える脚本家だった。すごい。

裏切り

骨太な脚本と、小野政次の複雑な設定を支えるのが、高橋一生の存在感と演技力ということに異論のある人はいないと思う。

高橋一生は、裏切り、という誰の心も等しく抉るような経験を経て、心を壊した小野政次を、不自然な表情筋の引きつりとか(任意で動かせるのか!)、下びた異様な感じの微笑で表現する。

それがさらにいうと父親とそっくりなのが、もう怖い行きで…

おとわが小野和泉(鶴父)に、佐名さまを今川に差し出した経緯を直接聞いたことで、視聴者は和泉が泥をかぶって主家を守ったことがわかる、しかし肝心の井伊にはわからない。

父親の行動が、息子の行動と同じであると匂わせることで悲劇性が増す仕掛けになっている。

さらに、この雑感を書く前に第三回の蹴鞠回をざっくり見直したんだけど、吹越鶴父が庇う動きや表情は嘘はない感じなんだよな・・おとわの無茶苦茶のせいで余裕がなかったのかもしれないけれど、なんとなく。

少なくとも、次郎が佐名叔母差し出しの経緯を聞きに来た病床のシーンの嘘臭さとは違う表情だったと思う。

息子が好きな女の子、嫁になるかもしれない娘、という意識があるように見えちゃってな…。

そういう細かいところまできっちり組み上げられているのが、直虎は恐ろしいのよ。

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