11回「さらば愛しき人よ」三浦春馬でのシフトチェンジが結実した神回。

9回の「桶狭間に死す」から3回連続すごい回が来ているということは、次の12回も多分おそらく神が来る(来てた)。

第一部のラストのタイトルコール(第十二回のサブタイトルは「おんな城主直虎」)に向けて、神回を狙って作る構成力がすごいなって。

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シフトチェンジ

直虎の序盤、つまんないとか、なんかテンポ悪いとか、私は散々言いました。

森下脚本に不安はなかったんだけど(ちょっとは心配だったけども)、実は演出(編集かも)には不安がかなりあった。

というのは、主に編集のテンポがゆっくりしすぎてて内容が薄く感じられるとか、ドラマ的には大した内容ではないのに、やけに大げさな劇伴音楽をつけられることが多かったから(「花燃ゆ」が多用した手法なので、トラウマに刺される、ということもある)。

多分音楽の種類がまだ少ないのと、意図がいろいろ噛み合っていないのだろうと大目に見る気持ちではいた。でも、見ている方の感情を無理やりコントロールしようとしている感じもして、正直うんざりさせられたし、これが続いた場合は本格的に批判しなければと思っていた。

それが5回以降は急に「無理やり感」がなくなった。

俳優さんたちが大人に変わった、というのも大きかったと思うけれど、nhkのドラマを制作しているような人たちは当然のことながらみなさん優秀なので、大抵のことはそれなりにきちんとできてしまう。

幅広い視聴者にアピールをするために、直虎序盤はより広く一般ウケしそうな、そしてこれまでの大河ドラマと同じような方向の編集で仕上げていた。そこからシフトを変えてきたのが5回だったのかな?

9回「桶狭間に死す」からはこれまた急転直下で面白くなっている。

直親

今思うと、そのキーは亀之氶(直親)だった。亀之氶が帰ってきたところからドラマが動き出した。

多くを説明しないけれど、人の気持ちが全然理解できない感じとか、とはいえ長老衆に対してはいい息子として振る舞うことができるところか、こわったし、嫌だった。だけどそれが同時に彼の亡命時代の苦労が偲ばれるという仕掛けになっていた。

わかる人にはわかるように、わからない人にもそれなりに見えるように、直親の微妙な心の機微を、三浦春馬くんの演技と演出(と証明)だけで説明した。

子供時代をかなり大きく損なわれた亀が心と絆を取り戻し、幸せになるやもと思わせたところで、罠に嵌められた問いう裏を明かす。

そこからすぐに破滅するのではなく、後のことをおおじじ様たちに託しつつ、避けられない破滅に向かって旅立つわけですよ…

なにこれ、辛すぎる。でも神回だった。

FBの方に書いたんだけど、TLが「サイコパスっていってごめん!大好き!」って亀に手のひら返しを高速でブンブンしちゃってたけど、三浦春馬さんの最高の実績だと思って、誇ってください。

鶴と寿桂尼様のことが全然書けませんでしたが、どこかでこのお二人のことも書きたいですねー。いやでも第一部は亀だから!亀が良かったから!!いや鶴も良かったけどね!!(錯乱)。

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