6回「初恋の別れ道」妄想メモ。直虎に見える、善女龍王のイメージ。

Twitterでゆいはさんとやり取りしてて見えてきた、善女龍王のイメージが面白かったのでメモしておこう。

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水神の子

直虎の中で繰り返される「竜宮小僧」というモチーフ。「小僧」という言葉から私は勝手に民話的なものを想像していた。

さらに「初代様は竜宮小僧」説にも引っ張られてあまり興味をそそられないでいたんだけども、初代様の出自についての説明を考証の先生の本で改めて読み返してみると、河童どころでなく、水にまつわる異常出生譚だった。

遠江国井伊谷八幡の神主社頭に参りしに、瑞牆のかたはら御手洗井の中にいま生まれたらむとおぼしき男子忽ち出るを見る。その容貌美麗にして眼精あきらかなり。神主奇異のおもひをなし、いだきて家に帰り(略)

適当訳:遠江の国井伊谷にある八幡神社の神主が社殿にお参りした時、神社の垣根のそばの御手洗の井戸の中に、今生まれたばかり思われる赤ん坊が突然現れるのを見た。容貌が美しく、普通の赤ん坊とはとても思われない。神主は不思議なことと思って赤ん坊を抱いて家に戻り・・

ちなみに井伊共保が発見されたとき、橘の枝を握っていたことが井伊の家紋「丸に橘」の由来だそうだけど、橘は「永遠」を意味する植物であるので、水(井戸)と橘=永遠から変若水信仰というか、水の祭祀に関わる説話であることは割と理解しやすいと思う。

直虎は南渓和尚から初代と同じ井伊家の特別な子供であることが明言されている。そして直虎本人が(誰かの)竜宮小僧になることを命題にしている。

直虎の中には、水神の子の現世修行譚という神話のモチーフが隠されている。

善女龍王

ところで、そういう目で直虎を見ると、またちょっと違うものも出てくる。

仏教には、女性は悟りを得られないという女性差別的というか女性恐怖の一面もあるのだけど、法華経には、女性の救いとして、娑伽羅龍王の三女(8歳)が男子に速やかに姿を変えて成仏したというエピソードがある。

(これは「女は菩提を得られねーよ」と侮辱された竜王の娘が痛快にシャーリプトラ長老をやり込めるエピで、日本ではとても人気があった)

このエピに出てくる竜王の三女は善女龍王とも言い、空海について唐から日本にやってきたとされ、空海の雨乞いに応じた話がいろいろ伝えられている。

その中で、国中の龍王が全て封じ込められてしまった中、善女龍王のみが術者の手を逃れ、雨を降らせることができた、という伝説があるのが、直虎の状況を彷彿とさせて面白い。

大蛇の頭上に座す金色の小さな蛇として現れる龍王の娘のことは、もしかしたら南渓和尚や、龍潭寺の僧たちの頭の中にはうっすらとあったかもしれない。

説話に残る記憶

そして俵藤太にも共保と似た、しかし水利・治水に関わるもっとわかりやすい説話があったのも興味深い。

俵藤太、井伊共保、この二人は在庁官人であり、古代豪族の裔とも言われる共通点がわかりやすいのだけど、10〜11世紀の武士たちに治水にまつわる説話がつきまとっているのは、武士たち、つまり古代豪族の末裔と政府官人のハイブリッドたちによる荘園の実質的な掌握、という事態を表現しているのだろうと思う。

近世の講談的エンターテイメント性とは違う物語を、直虎の背後に感じる。

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