1回「井伊谷の少女」計算された構成と、マッチョ坊主市原隼人の勝利。

2017年大河、おんな城主直虎が始まりました。マッチョ坊主かっこいいー!

今年は大河らしく子役ドラマからスタート。通常の大河の初回の例にならってテンプレートに収めつつも、開幕の井伊一族の血みどろの敗北、謀略の直満おじさんの惨死など、どす黒いものをごそっとはみ出させてみせてきました。

本編は、プロローグの血みどろの中世から、ジブリ味溢れる水と緑の美しい世界へ。

子供の狭くあどけない世界が描かれますが、同じ場所で並行して、子供が見えない大人のパワーゲームの進行も描かれます。

修験者の死体。直満の首。死という絶対的なものの前で、大人と子供の世界が一つに重なる、という構成が非常に面白かった。

というようなことをつらつらと書いてみたいと思います。

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資料が残っていないから

とにかく楽しみにしていたのは映像ですね。しかしトトロっぽくてびっくりしましたね。

多分ですね、動画はパソコンのモニタで、放送はテレビで見たせいだと思うんですけど、ロケ・自然光に子供ってなった時、思っていた以上にキラキラでした。

でもちょっと面白かったんですけど、直虎というドラマとこのファンタジー感あふれる映像は、不思議とマッチしてたと思います。

文献資料がほとんど残っていない、先行する文学作品も少ない、創作が大部分になってしまう(だろう)というドラマを、ドキュメンタリー風には描かない。

これは作り手の態度として信頼の置ける態度なのではないか、と私は思いました。

しかも資料に残っている部分は血みどろで、そんな硬派な部分もしっかりと描こうとしている、となると映像の美しさと残酷な現実の対比も美しいだろう、真っ暗な背景に浮かび上がる無双麿・今川の太守様のように。楽しみー。

出家させておいた三男という布石

あと、南渓和尚が面白かったなあと。

この人は直虎の大叔父、直虎の祖父の三番目の弟で亀くんの父・直満にとっても弟に当たる人ですが、出家させられて寺に入っている。

これは武家の息子が多く生まれた場合によくあることなのですが(出家するか、他家に養子・婿として送り込まれることが多い)、大河ドラマではこう言った「出家させられた息子」はいなかったことにされることが殆どです。

しかし息子一人を出家させておくというのは、当時の武家にとってはリスクヘッジです。

家中の派閥争いを避けるためでもありますし、当主一家に何かあった時のためのスペアとしての役割もある。

また、この時代の寺というのは一種の領主でもあります。

寺領を持ち、僧兵という独自の軍事力も持っている。それを「出家させられた息子」が受け持つという意味もある。

真田家は上田と沼田の二家体制でしたが、井伊家もまた寺を利用して密かに二家体制を敷いている。

今川家に服従しているので当主は頭をさげることしかできないんだけども、出家させられた三男である当主の叔父は、寺という別の権威に仕えているために一族の男児を逃すことができるんですね。

この「出家した息子」であるところの南渓和尚が、まるで囲碁の布石のように効いているのをうまく描いていました。

そういう複雑な背景は子供にはわからないのであっさりとシンプルに、でもわかる人はわかるように丁寧に描いているのは好感が持てた・・んだけども、市原隼人のマッチョ坊主の存在感に一瞬で「あ、中世」と納得させられるものがあったので、結局は筋肉の勝利でしたけど。筋肉は裏切らない。

とはいえまだ助走

しかし、物語は序盤と言いますか、子役が出ている間は子役大河という別物ですから、まだまだまだ。

コウさんたちが登場する2月からが本番、と言いつつ、今川義元、寿桂尼、雪斎の最強今川家トリオと10歳の阿部サダヲちゃんは十分に楽しみですね! あと七尾の築山殿もゾクゾクするぅ。

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初回を観るまでは先入観を入れないようにと思って積ん読しておいたけど、読もう。

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