真田安房守被害者の会 List 16・徳川秀忠 殿

二代将軍・徳川秀忠公は、見るからに出来の良い息子ではなかったが、めげず、懲りず、腐らず、淡々と成長していく。

画像転載元:nhk公式サイト

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初陣が第二次上田合戦

真田丸のテーマの一つに「偉大な父を持った息子(の苦悩)」というものがある。

ほとんどすべての登場人物が、「偉大な父」に振り回されたり、その影響下にあって苦労したり苦悩する中で、秀忠は物語の後半に登場する。

父親の胆力と智謀を受け継ぐ「良い息子」である真田家兄弟、ごく小さな子供の頃から才気煥発な秀頼とは対照的に、秀忠は出来の良い息子ではない。

むしろ微妙な感じの出来で、父・家康も多大な期待をかけているわけではない。

(家康は子沢山であるし、出来の良い長男を自害させた過去もあるせいか、秀吉のようには息子に入れ込まない)

しかし、秀忠公は拗ねるでもなく、淡々と自分の運命を受け入れる。

そんな秀忠の初陣が、よりにもよって第二次上田合戦で、あの真田昌幸と対戦することになったのはある種の不幸だっただろう。

伝承のように、真田親子にボコボコにされて関ヶ原に遅参して父親から叱責されることはなかったけれど、昌幸は「初陣で戦に恐怖を感じた武将は、一生にわたって戦下手になる」として、秀忠を思いっきり怖がらせてくることを次男に命じる。

その目論見は、家康の西進指示により外れることになのだが、初陣が野戦ではなくゲリラ戦で、知将たちの智謀戦を端から見るだけだったことが、秀忠を戦下手の武将に育ててしまう。

勝てる戦だったのに親父殿の横槍で武功の機会を逃した、と思い込むことで、戦働きへの過剰な思い入れを持つようになる…というおまけ付きで。

しかも、家康から秀忠への権力移譲が万全だったため、秀忠に刻まれた妙なコンプレックスが全く解消されない。

そのために徳川秀忠は自らの総仕上げと次の大戦を待ち望むのであるが、戦が現実になってみれば、数々の決戦を生き残ってきた戦国ネイティブの家康・正信に叶うはずもなく、いい年になっても親父たちにせっせと仕込まれる羽目に陥るんである。

画像転載元:nhk公式サイト

健全な父子関係

真田丸に登場した才気溢れる武将たちが「偉大な父」の影に苦しんだり、振り回されたりしていた中で、一見凡庸な息子である秀忠のみが父親へのコンプレックスをあまり持たない、というのは設計は非常に興味深かった。

家康も父親として息子に全く依存しないのであるが、秀忠も父親を尊敬しつつも等身大の人間として受け入れ、過剰な思い入れを持たない。

これはかつて「江」で目指した秀忠像だろう。

偉大な父親に反抗する息子が実質てきに江戸時代の土台を作ったのだ、というテーマを「江」では上手に描けなかったが、そもそも北大路欣也のカリスマ溢れる父親像に対抗させるためにイケメン向井理につかみどころのない凡庸な息子を演じさせるというのが理不尽だった。

真田丸では、内野聖陽の造形したビビリで小心者ゆえに偉大な家康と、愛嬌と天才と常識が並び立つ星野源という配役で、リベンジを果たしたと言える。

その周囲には、真田兄弟(真田昌幸もだが)、豊臣秀頼、上杉景勝、伊達政宗、また遠くには武田勝頼、織田信忠ら魅力的な息子たちがいる。

お互いに呆れたり、怒ったりしている普通の親子と、美しく滅びていくファザコンたちの対比は、想像以上に鮮やかなのであった。合掌。

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