〈真田丸総評〉寄稿その3-4「失敗とするのか、小成功と捉えて満足するのか、転換点とするのか」

ご好評いただいてます、あかるさんの総評の続き。今回は視聴率と作品評価について。

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視聴率問題

視聴率が伸び悩んだ理由~『真田丸』の描いた2つの「今」と、大河ドラマ視聴者の「リアル」

まずは『真田丸』の視聴層を確認しておこう。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/suzukiyuji/20161218-00065609/

上記記事によれば、F1~3層(=女性全年代)及びM1~2層(=男性~49歳)の満足度は高いが、M3層(=男性50歳~)の満足度は低いままだったという。

中高年男性、すなわち、大河ドラマのメイン視聴層だ。

この結果を見ると、残念ながら、『真田丸』は『組!』の反省を生かし王道を狙ったにも関わらず、結局、大河ドラマメイン視聴層である中高年男性の支持を得ることが出来なかった、という結論を導き出さざるを得ない。

個人的にそれを象徴的に感じた出来事が2つある。

1つ目は、12/17真田丸シンポジウムにおける、真田中央公民館館長の開会挨拶「三谷さんが時代考証を無視して困った等の裏話を」というコメント。

そして2つ目は、12/24お城EXPOにおける小和田哲男先生の「(北条氏政の説得役として小田原城に)真田信繁が入ってましたけど、あれはどうなんでしょうか」というコメントだ。(小和田先生の発言に関しては、時代考証の黒田先生が直後に「ナントカカンベエ」演出の解説で否定していた)

お二人を批判する気はないが、比較的『真田丸』に関心が高いはずのお二人の発言に、「喜劇作家」三谷幸喜に対する中高年男性の根強い偏見を感じたのは事実だ。

三谷氏が12/15のあさイチで「次に大河を書くならペンネームで」と冗談交じりに述べていたが、あながち冗談ではないのだろう。

しかし今回の状況を紐解けば、お二人の誤解もやむを得ないように思う。
我々は『真田丸』は綿密な時代考証を踏まえている事を知っている。

だが、その情報源は、黒田先生の駿河台大学公式サイト、丸島先生のtwitterという、web解説が主であり、しかもNHK公式サイト等からはリンクや告知さえもない。

SNS利用率が低いと思われる中高年男性は、残念ながらこれらの情報に触れる機会が極めて少ないことが想像される。

ゆえに、最新の学説を取り入れたストーリーに「これまでと違う!時代考証を無視しているのでは?」と感じ、現代語を取り入れた作劇に「だから三谷幸喜は!」と感じてしまうのもやむを得ない。

また、前半で私は、『真田丸』は「小さな家族」と、「若手サラリーマン」という視点から、戦国期と現代の「今」を繋いだ作品であると評した。

では、今を生きる中高年男性は、どのようなポジションにあるのだろうか?

既に子供は大きくなるか独立しており、父母と子供という「小さな家族」は卒業している。
また信繁の位置する「若手サラリーマン」という視点についても、当然ながら過去のものだ。そして現在の若手サラリーマン視点が、彼らが若手であった頃とは大きく異なる事は、説明不要だろう。

(余談だが、同じ堺雅人主演のサラリーマンドラマである『半沢直樹』は、バブル期の銀行を描いており、中高年男性の「リアル」にはフィットしやすいであろう事は容易に想像できる)
つまり、真田丸は、「戦国時代と現代の2つの「今」を繋ぐために「個」を丁寧に描くドラマ」であったが、

中高年男性にとっては、その双方ともがリアルな「個」として受け止められなかったのではないだろうか、と考えられるのである。

このように分析すると、真田丸が王道を目指しながらもメイン視聴層である中高年男性の満足を得られず、結果として視聴率を取れなかったことは、残念ながらやむを得ないことであるように思う。

終わりに ~「望みを捨てぬ者にのみ、道は開ける」

視聴率と「大河ドラマメイン視聴層」という観点から、マイナスの話をしてしまった。

しかしこれを一概に失敗と位置づけることはしたくない。いや、するべきではない。新たな視聴者を獲得することもまた、大河ドラマの大きな課題であるからだ。

また、真田丸の特徴として、SNSの活用や、地域イベントの活性化、地方新聞を使ったアプローチ等、新たな試みが行われたこと、それが成功していることも間違いない事実である。

こちらに関しては、前掲の吉川Pのインタビューをはじめ、多くの論議が為されているため、詳述は避ける。

ドラマ内でも繰り返し語られているように、勝者と敗者を分けるのはささやかな偶然であり、「捨て鉢にならず、望みを捨てなかった者にのみ道は開ける」。

『真田丸』を、(無いだろうが)失敗と位置づけるのか、小成功として満足するのか、それとも大河ドラマの転換点とするのか。

それは今後の大河を作るNHKと、我々視聴者にかかっている。

私は一大河ファンとして面白い大河ドラマが作られ続ける事を望み、大河ドラマ100作目を見て「昔、真田丸って面白い大河があったんだよ」と語ることを夢見るのみである。

・・・・・・・・・・・

真田丸を小成功として満足するのか、大河ドラマの転換とするか。

実は大河ドラマの問題だけではなく、ここにかかっているのは世代交代の問題です。

視聴者だけでなく、作り手の世代交代も進んでいく。以前は主流だったものが、そうではなくなっていく。

 

次回は「女性について」「主人公について」「不満」などなどです。お楽しみに。

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