アジールと井伊直政についてあれこれ。真田昌幸の功績。2016.11.24〜11.27

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久しぶりのサローネまとめです。

先行ロスから忘年会モードへ。11月下旬は忘年会の準備に忙殺されてましたけど、意外と書いてるなー。

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11.24 なし

11.25 アジール

こんにちは。アンチョビです。
後家権とともに直虎で面白いのが、中世のアジール権です。

以前どこかで書いたことがあったかもしれませんが、
中世の大きな寺院・神社は聖域として
当地権力の枠外、つまり治外法権が認めれれていて、
そこは法の及ばない場所でした。

「前兆」の回で、(「捨ての父親は誰?」という)
落書の容疑者だった道休が大寺院に逃げ込み、
逃げ込まれたお寺が容疑者の引き渡しを拒否する、
というエピがありましたが、
まさにあれはアジール権を背景にしてましたね。

アジール権は、神仏の力で因縁が浄化されるという
考え・感覚がベースにあり、
どんな重罪人でも、アジール(聖域)にいる間は
世俗権力が罪に問うことはできませんでした。

またその権利を認めるのは他ならぬ世俗権力でした。

権力外の空白が、権力によって保障されることの意味は
非常に興味深いです。

井伊直政の父親が暗殺された時、
母親(貫地谷しおりちゃん楽しみ〜!)が寺院に逃げ込み、
子供を僧籍に入れて命を救ってますし、

次郎法師ちゃんも、僧籍だからこそ、
様々な因縁や権力・武力のの緩衝地帯になれた
感じが致しますね。

利休、有楽斎、江雪斎、出てこなかったけど安国寺恵瓊ら、
戦国期の出家さんたちの活躍は、
アジール権と絡めて考えるとすごく面白いです。

11.26 なし

(まだまだサボるよ!)

11.27 真田昌幸の功績

こんにちは。アンチョビです。

真田丸では軍略の天才にして田舎のイケオジという
強力なキャラでやりたい放題だったパパ幸こと
真田昌幸氏の功績について、改めて調べてみました。

昌幸以前の真田家、父親の幸隆(幸綱)と長兄信綱の時代の
真田家の本領、つまり、自治領主権を持っていた土地は
小県の七カ村のみと、大変小規模なもの。

幸隆の(黒い)活躍により、
西上野の岩櫃城代として、吾妻の軍事指揮権を得るなど、
武田信玄からは厚遇されるものの、
外様の国衆である真田家は、
吾妻の行政権までは付与されませんでした。

それが変化するのは昌幸が真田家を継ぐことになってから。

武田家の親類筋である武藤家に養子入りしていた昌幸は
譜代家臣としての扱いを受けていましたので、
真田家自体も譜代家臣として処されることになるのですね。

(長篠の合戦で
武田家の有力家臣がだいぶ死んでしまったということもあり)

吾妻の行政を担当するようになった昌幸は、
天正8年、沼田城を攻略することに成功し、
勝頼から北上野の行政を任されることになります。

しかし武田家の家老として行政を任されたのであって、
この時の北上野は、真田家の所領ではありません。

昌幸が北上野一体を本当に手に入れるのは、
なんと、天正壬午の乱に先立って、滝川一益から
沼田城を返還された時なんですね!

真田丸第四回で信長から北上野を取り上げられた時、
昌幸が渋々ながらも割とあっさり承諾するのは、
上野は武田から預かっていた土地にすぎないからなのでした。

(真田の沼田所有が想像以上に短期間で驚きました)

いやこれは北条もいろいろ言いたくなるよな!

というわけで、運もかなり強かったと思いますが、
戦国末期に一代で、というかわずか数年で
大名にのし上がったことは、
凄まじい功績であったと思います。

多分、これはパッパじゃなければできなかったことなのではないでしょうか。

そう思うと、後日の大博打もしょうがないですね。はい。

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