〈真田丸総評〉寄稿その2「真田丸はいいぞ」「本当に充実した1年間」

続けて寄稿いただきました。テキストを寄せてくださった大貫圭さん、リンクをお知らせくださったもっきり夫人さん、ありがとうございます!

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とりあえず2話まででいいから見て!

という、もっきり夫人さんの真田丸総評:

大河ドラマ感想文「真田丸」#真田丸総評

(一部切り抜きたかったけど難しかったのでもういっそ全部)

駄作の真逆を行けば名作になる

という、大貫さんの寄稿:

三谷幸喜と同世代、同じく「国盗り物語」以来の大河ファンを自称しながら、2000年代になってからは視聴を完走できる大河がめっきり減り、近年さみしい思いをしている者です。

普段ツイッターをやらないので投稿は一切せず、ひたすら皆さんの感想を楽しく拝見しているばかりでしたが、テキストOKということで、特に感じたことを1つだけ共有させて頂こうと思います。

いきなりですが、昨年の「花燃ゆ」の話から始めます。

史上最低の視聴率が示す以上の駄作として、多くの大河ファンが年間視聴に苦行を強いられた作品の失敗要因がどこにあったのかは、皆さんが良く理解されている通りです。

大河ドラマに思い入れがなく歴史へのリスペクトもない作家4人がやっつけ仕事のように組み合わせた脚本、時代所作も身に付いていない若手中心の演技陣、低視聴率回復のための施策に全エネルギー注ぎ作品の質や内容を一切顧みることのなかった制作陣、などなど・・・。

もしかしたら「真田丸」スタッフはこの失敗を肌身に感じながら「優れた大河の作り方」のお手本を示そうとしたのかもしれません。

大河愛と歴史への造詣が深い三谷幸喜が、念願だった真田幸村を主人公にし、クライマックスとなる幸村と家康の対立軸に堺雅人と内野聖陽を配した時点で、大河ドラマとして久々の傑作になる予感はありましたが、それを現実のものとしたのは、視聴者が夢中になれる大河ドラマの復活に力を注いだ制作スタッフの熱意だったのではないでしょうか。

史上最低の駄作の真逆を行けば史上最高の名作になる、そんな単純な発想が実は正解であることを「真田丸」が実証したように思います。

おかげ様で〈真田丸総評〉寄稿その2「真田丸はいいぞ」「本当に充実した1年間」でした。今日は終了後初の日曜日。朝からロスを強く実感しています。

(改行:アンチョビがつけさせてもらいました)

もっきり夫人さん、大貫さん、ありがとうございました😇

多くの人が指摘している通り、合戦シーンの予算不足・迫力不足は、真田丸の数すくない残念な点でした。

基本は予算不足だと私も思いますが、軍事情報の普及などなどにより、合戦の映像表現が変化を求められていることも一因かなーと思います。

これまで大河ドラマが培ってきた、だだっ広い平原で両軍がドーンとぶつかり合い、乱戦が始まるのが合戦、というテンプレ表現は真田丸では用いられなかった。

とすると、それが映像になった時どのようなものになるか、試行錯誤の最中なのではないかと思います。

花燃ゆについては、今思い返すと、いったい何がどうなってあんなになったのか、と思いはするんですけども、しかし同時に、「どうせみんな真田丸だろ!」というやさぐれめいたものも感じないではありません。

(ごめん、でも吉田松陰の妹と、真田幸村じゃ、どうしたって後者に期待しちゃうよ・・)

服部Pには、この先大河クラスタがひれ伏すような傑作を作って欲しいと心底願っています。いやそうじゃないとあの苦行に耐えた意義がないですから!!


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