みたにんや屋敷P吉川Pが視聴者に言及してくれたので。

12/14のあさイチに三谷幸喜さんが奇襲。

多分、視聴者の応援メールに励まされた話をするために出てきてくれたのではないかと思ったし、最終回の前後のいろんな記事では、屋敷Pも吉川Pも視聴者やSNSにたくさん言及してくれていた。

いろいろ思い出したし、自分なりのレスのつもりでツイをまとめてみる。

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こんなことがありました…

上記のツイではちょっとわかりにくいのですが、「ネット上では大好評の真田丸だけど、実際はそうでもない」というように、ネットでの好評を揶揄する調子の報道が多かったんです。その根拠はnhkに寄せられる視聴者の意見だったんだと思う。

ところが本編は上に書いたように、草刈昌幸にぶん回されて前半が最高潮に盛り上がっていた頃でした。

これはちょっとおかしくね?

と、多くの人がnhkに感想を送ったんだと思いますが、翌週にはクレームの9倍の好意的意見が寄せられる結果となりました。

しかし、次には歴女が真田丸に文句言ってることにされます。

しかも史実と違う創作部分に文句言ってるとか。はぁ?

歴女なめんな^^という笑顔の毒舌ツイが溢れてそんな報道は一掃されるわけですが、今こそこぞって絶賛され、特集記事が組まれる真田丸も、2〜3月はこんな感じでした。

私は別にこのことでは怒ってるわけではないです。

ただ、マスコミというのは現場の後追いであり、現場(この場合は私たち普通の視聴者)が反論しなければ、大手マスコミの間違いが放送している側、特にその上の方にいる人にフィードバックされてしまう(のだろう)ということは書いておきたいと思います。

反論がなかったことが、既存のテキストの正しさの証拠になってしまうのですね。反論大事なのです。

4月以降は大坂編に入ったこともあって、徐々に報道は好意的になっていきます。「大坂編が好調だ」という形で笑ってしまったけれど。信濃編からずっと好調でしたよ^^

Twitter上で信尹役の栗原さん、おこう役の長野さんなど、役者さんたちがクラスタと絡んでくれるようになり、みんな調略されていくのですが、何か問題が起こったらこの夢が覚める的危機感は、クラスタに共有されていたと思います。

ギブとレスポンス

視聴者と製作陣の距離の近い大河であったことで、逆に批判されることもあるかもしれないので誤解されないよう書いておきたいのだけど、真田丸は視聴者を喜ばせるためにコメディ調になったわけではないと思います。

多くの人が惹かれたのはコメディで表現される人間のどうしようもない悲しさとか、決して理想的な人物像ではない生身の感じでした。

そしてそこを突き放して笑うのは、むしろ大河にふさわしい態度であったのではないかと。

それから、役割に殉じる人間に共感して涙を流すという時代的嗜好が変化し、知的にドライに人間の行動を見つめる人が増えた。

このやりとりがキャッチアップできない人には腹立たしかったと思うけれど、多くの人が楽しんだのも事実で、私はドラマ、特に大河ドラマはこちら方向に進んでくれた方がいいと思っている。

というのは、現実を素早く吸い上げて解決を提案し続ける、というごくごく普通のことだけが世の中を前に進めていくし、ドラマもその流れからは逃れられないから。

一部の賢人の提案についていくべき、だってお前は愚かな大衆でしょ? と説得できる時代は終わった。

視聴者が真田丸を支えたけれど、それを吸い上げて反応を返していく能力が、真田丸チームはすごく優れていたと思う。

とはいえ、毎年同じことをする必要はないし、視聴者の要望に右往左往する必要は全くない。2017年も、2018年も、そのドラマに合わせた視聴者との関わりを作り上げて欲しいと思うし、それを楽しみにしてる。

1年という長い放送期間が、冗長さと飽きの要因になっていた大河だけれど、今度はそれを強みに変えて欲しいです。

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