真田安房守被害者の会 List 12・石田三成 殿

豊臣秀吉配下の英俊。

後北条氏を外交で従わせようと知謀を尽くしたが、戦国ネイティブ世代の狸親父に振り回されることに。

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画像転載元:nhk公式サイト

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昌幸の「悔しくて」にやられた、もう一人の男

沼田裁定における、真田安房守のもう一人の被害者。

自分が動員できるだけの兵力で北條家を轢殺しようとする秀吉を止め、沼田裁定でうまいこと沼田城を北条家に渡したと思ったのに、「悔しくて何か言ってやらないと気が済まなかった」という昌幸に名胡桃城をぶっこまれてしまう。

沼田の三分の一、特に沼田城を見下ろす名胡桃城を真田に残したことが、北条征伐につながるのだから、たまらないものがあったろう。

ちなみに名胡桃騒動の真相は「謎」。まさか、真田安房守ェ…。

北条征伐では20万もの大軍の陣立を任され(秀吉に頼られて嬉しそうでしたけど)、意外に粘る北条氏政によって兵站の計算し直しでお腹が痛くなり、しかも北条を滅ぼしたくない大谷刑部の時間稼ぎのコマに使われ、忍城攻めを無茶振りされることに。

この時のサンドバック化した石田治部は実に見ものであった。合掌(ちと早い)。

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画像転載元:nhk公式サイト

昌幸に弟子入り

神経が細やかで戦嫌いな石田治部は、忍城攻めが思ったようにいかずに焦燥し、またもお腹が痛くなる。

忍城での苦労が身にしみたのか、石田治部は忍城を落とした真田安房守の知謀にほれこみ、なんと「戦というものを教えて欲しい」と師事してしまうのである。

「臭い、色が悪い、地味」と初対面で真田家からの贈答品をけなし倒したあの男がデレた瞬間であった。

残念ながらその後の昌幸と石田治部との師匠と弟子としての描写は、指月伏見城の普請依頼と、徳川家康暗殺依頼程度で終わってしまうのだけど。

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画像転載元:nhk公式サイト

しかし、その後、ドラマで描写されていないところで、石田治部は真田安房守の被害を受ける羽目になる。

関ヶ原を前に西軍についた昌幸は、沼田を領する長男が徳川方についたことを隠して、西軍が勝利した時の真田家への恩賞の約束を吊り上げるのである。

会津への街道を有する沼田は、関東の徳川領国を経由せずに会津、そして常陸の佐竹家にいたる貴重な土地であったため、西軍は上杉・佐竹との連絡のために昌幸、そして信幸を重視せざるをえなかった。

それを知る昌幸は、自分が沼田を抑えているように見せかけて交渉を迫るのであった。ひどい。

東軍勝利により、昌幸の国持大名成りは夢に終わったわけだが、天下の決戦に挑むにあたって真田を確実に味方につけるために懸命に書状を書き送り、西軍の陣立図まで送ってしまう石田治部と、長年の治部の知己である長男の動向を隠して交渉にあたる昌幸の落差を思うと、涙を禁じえないのであった。合掌。

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