兄上と出浦さまと武田典厩に萌える。2016.10.19〜10.20

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秘密のサローネ投下日記。2〜4日分をまとめてリライト&転載しています。

先週は真田丸の時代考証も担当している平山優先生の「真田信之」を読んでいたので、その感想が多めです。

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10.19 武田典厩萌え

こんばわん。アンチョビです。

さて、昨日の石合新左衛門の続きですが、
石合新左衛門が武田典厩(てんきゅう)に仕えていたというのは
俺的にはとってもハイライトでした。
(by平山先生の「真田信之」)

新左衛門が使えていた典厩とは後典厩、つまり武田信豊。

信豊の父・武田信繁は、武田信玄公の弟君なので、
信豊は、勝頼様の従兄弟になります。

同世代の親族として勝頼様を支えたと言うただそれだけで
なんとなくありがたく、尊く感じてしまうなー。

ちなみに信豊さんは、織田の甲斐攻めにおいて
34歳で家族ともども自害されてます。

武田家における名将of名将である父親の武田信繁も
第4次川中島で戦死したのが37歳と、
佳人薄命的な雰囲気がちょっとある父子です。萌えです。

10.20 出浦充

こんばんわ。アンチョビです。

武田典厩にメラッと萌えた話の続きです。

実はこの話の真の萌えはですね、
これを語ったのが、なんと、
俺たちのニンジャマスター(違う)出浦昌相ということです。

清水源右衛門という男が
石合新左衛門に借りていた水田を取り上げられ、
大変困って出浦昌相に相談した。

出浦さまは
「お前たちの親父は武田時代は典厩に支えた仲間だったではないか。
しかも親友だったではないか。
なんとか生活が立ちゆくように計らってほしい」
と石合に清水をとりなした。

というエピソードが平山先生の本に
詳しく紹介されていましてですね・・!

※昨日のエントリで石合新左衛門が典厩に支えてたというのは、
石合新左衛門の父親、の間違いでした。すみません。

出浦さま、意外と優しい(違う)。

というわけで、平山先生の「真田信之」は
何気に出浦情報充実なのでした。

史実の出浦さまは忍城攻めで名を上げるなど、
武将としての働きも大いにありますけれど、
基本内政の人だったようです。

面白いことに、信之・出浦さまセットは、
景勝・直江セットに近く、
めっさこき使われていました。

とっても楽しかったので、
真田丸でも事務方トップとなった出浦さまが
ちょっとでも表現されると嬉しいのだけれど。

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お兄ちゃんの一代記が素晴らしい上に、真田事件簿などなど、出浦充も満載。ツイッターでの先生の楽しいお人柄が偲ばれるサービスサービスゥ♥な内容で、兄上ファンには必須の書。

ついでに兄上にこき使われている出浦さまに癒されます。


という感じの文章を、はんすうサローネにちまちまと投下しています。

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