「入城」伏線と回収を繰り返し、世界が織り出されていく。

伏線→回収を繰り返す。謎かけと謎解きを繰り返す。

AとB、AとA’、A-BとA’-B’。

繰り返される対立と循環、行動と結果、変容と停止で世界が織り出されていく。

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画像転載元:nhk公式サイト

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真田丸、美しい

信繁の物語はいつの間にか典型的な、立身出世と転落、復活の物語となっている。

高野山という宗教空間を経て、再び大坂城に戻ってきた信繁(幸村)は、変容を象徴するように名前を変え、衣装の色を変える。

誠実で控えめな青年だった信繁は、ハッタリをかますかっこいいおじさんになる(父親そっくりである)。

華やかな栄華の舞台であった大坂城は、住人が入れ替わる。平和な世には居場所のない、尾藤道休のごとき浪人たちで溢れかえる。

(きりちゃんが「幸村」で久々に落首事件のことを持ち出してましたね)

秀吉がこの世から消そうとした人々に、秀頼が頼る皮肉。

変容し、裏返った世界で、ただ一人停止し続ける茶々。

と、かように物語の類型を延々と繰り出し続ける真田丸なんだけど、それがこんなに美しいのは、物語が前に進むためのエンジンになっているからだろう。

この構造こそがドラマの主題で、情緒は指輪に乗せられる小さな宝石のようなもの。

関係性の回収を目指して、物語が進んでいく。

寧の沈黙

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画像転載元:nhk公式サイト

冒頭に書いたように、真田丸では登場人物は誰もが誰かの反転だったり、同位存在だったり、アレンジされた存在なんだけども、そう行った構造に慣れてくると、今度は「不在」に気がつくようになっている。

(美しい)

第41回では、真田長男家を支える嫁・家臣達が描かれていたけれど、これに対応するのは秀吉の家で、実に悲惨なんですね。

夫の不在、父親の不在。

そんな中で家の中心となるべき正室までが不在。

後継者を守る家臣の不在(不足)。

正当な後継者が、まるで簒奪者であるかのように周囲に見捨てられる。

…というのが、豪華さの陰に隠される。

特に、この回ではおこうさんと稲姫、信之が互いに認め合い、協力しあって、家を守っていく様子が美しく描かれたので、とりわけ寧の不在が目立ちました。

真田丸ですし、九度山配流前に面会したのを最後に、寧がフェードアウト、ということはないだろうと信頼していますが、

寧様に何があったのだろうか。

どのような考えで今も沈黙を守っているのだろうか。

すごく気になっています。

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