真田丸 第三十九回「歳月」レビュー〈1〉真田ファザコン兄弟の束の間の再会。

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大坂の陣の前の、束の間の平和を描いた回でした。結果を知っているからこそ、揺さぶられる。ドラマに転がされる…

でもそれが楽しいのだ。真田丸は。

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全部こんな感じ

●しょっぱなから驚いたことに、九度山に信之が訪ねてきて、昌幸の位牌に手をあわせるところから始まる今回の真田丸。

信之が昌幸の葬儀の許可を本多正信に問い合わせたところ、正信からは、家康に言い出すこともできない、諦めるようにと返事が来たというのは史実です。それくらい、徳川家康の昌幸への怒りは深かった。

(途中で信之は父の赦免を諦めます)

それなのに、まさかこんなあっさり九度山に来てしまうとは。

でも予告の、「全部こんな感じか?」「全部こんな感じです」の回収が楽しみすぎて気にならない。気にしない。脚本うまい。

●そしてサクッと明かされる「全部こんな感じ」とは、昌幸の残した兵法覚書なのでした。

「尊師の兵法にも匹敵する貴重なものだぞ!」「凡人には全くわからん」爆笑。

●残された昌幸の覚書は、◯●や、▲、矢印で構成された、本人にしかわからない暗号みたいな代物だったのでした。

見た目も、紙を適当に束ねて表紙つけて紐でくくった、非常にアバウトな代物で、信繁に渡した時から、昌幸らしいざっくばらんな遺言だなあとは思ったけど、中身も輪をかけてすごかったww

序盤からお腹が痛いww

父と息子ら

●信之は残された信繁の赦免を一層頑張る、と気合を入れますが、信繁はそれをやんわり辞退します。

自分たちは10年に及ぶ九度山暮らしに慣れてしまった。

春は旦那様といつも一緒にいられてここに来られて良かったくらいだし、きりちゃんも村の女の子たちに刺繍を教えたりして満ち足りてしまった。

子供達に至っては、上田に行ったこともないし。

収まるべきところに収まったと言うまでに過剰適合してしまった次男一家に、長男はびっくりです。

でも自分がそうしたいからやらせてくれ、という信之は本当に良い兄ですねえ。しみじみ。

●兄弟は久しぶりにゆっくり飲み交わします。話は子育てのことからだんだん父親との関係に。

お互いに、父上が愛していたのは自分じゃなくてお前だ、と言い合う兄弟は実に微笑ましかったのですが、

この後、源次郎が、実は借金がかさんで生活が苦しい、父上が生きていた時は惨めな思いをさせたくなくて相当無理をしてて、そのツケが今…と言い出した時は、兄弟のファザコンぶりにちょっと笑ってしまったよ。

親の心子知らず、とも言うけれど、親も子の愛を知らない時がある。親子というのは永遠の片思いなのかもしれないね。

●で、兄上は、実は生活が苦しいという弟に、ひもじい思いをさせないと約束して、翌日には京都に旅立ちます。

小野於通

●兄上が九度山をちゃっちゃと立ち去ったのは、高台院(寧)に取り次いでくれそうな人物に会う約束があるから。

つまり信繁赦免活動の一環なのですが、実は信幸はその人物、小野於通という才女にほのかに思いを寄せているのですね。

武家の女である嫁たちとは違う、柔らかく嫋嫋と才気を醸す京の女。

於通のはんなりとした優美さに惹かれる信之が、ちょっとハンターみたいな目をして「あなたと一緒にいると心が癒されるので、また来てもいいですか」と聞くシーンは、年相応の立派な武士らしい、堂々とした口説き方でなかなか良かったと思います(ww)。

さようなら、薫ママ

●徳川幕府は、諸大名の妻子を江戸に住まわせて、大名たちに国元と江戸を行き来させる、参覲交代的な制度が敷かれていました。

●薫ママも沼田から江戸に来ており、最後まで人質の運命には抗えませんでしたと言いつつ、嫁と一緒にせっせと顔の脂を取っています。

娘の松に突っ込まれても気にしない。

そこへ信繁とお梅ちゃんの娘、すへちゃんがやってきて、おばば様の自慢の扇を見せてあげるのですが、これは正親町天皇からもらった扇♡ くらい言ってませんでした? ちょっと盛りすぎじゃ・・・いや、一回目から近衛前久からもらった着物♡とか吹いてましたけど、これはさすがにw

しかしこれが薫ママの老いの表現なんですね。

●美人の薫が、京都にいた頃はたくさんのお公家様たちに可愛がられて、いろいろ頂き物をした、というのは半分はきっと本当なんでしょう。お姫様としてじゃなくて、侍女としてなのでしょうけど。

しかし、嫁ぎ先は信州の山奥。

信濃まで遠路はるばるやってきて、凛々しい若武者だった真田昌幸に出会って恋をして、信濃の風景を懐かしい・美しいと思うほどに馴染んで、京を懐かしみながら楽しく生きた薫さま。

大殿と別れた後も変わらず愛に生きた。ただそれは、思い出の中の愛だったけど…

薫さまとの別れは、優しくて楽しくて、でもちょっとだけしんみりなのでした。

昌幸の死の二年後、昌幸の正室・山手殿も亡くなります。

この辺で〈2〉に続きます。

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