明治以降の治部殿再評価の流れについて 2016.10.11〜10.14

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日記代わりに投下している秘密サロンからのまとめ転載です。

日記代わりですので、毎日割と適当に書きなぐっておりまして、こちらに転載する時はリライトしています。あしからず💦

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10/11 なし(多分)

10/12 首問題

こばわす。アンチョビです。

関ヶ原で敗走した刑部どのは、
湯浅五助に自分の首を決して渡さないように命じた。

会津戦争で中野竹子が死んだ時、
家族がせめて首だけでもと持ち帰った。

などなど、今、「首」が熱い(私だけ)。

日本文化における魂の座は、
首なのか腹なのか。

敗者の首を胴体と離すっていうのは、
後生を断つみたいな意味合いが
あったとどこかで読んだと思うのだけど、

でも室町末期以降には
切腹に介錯というものがつきものになって、
首を落とすの意味合いが変わったはずだし、
とすると切腹の作法の確立から
調べなくちゃいけないんじゃないかな??

あーこれは、長い宿題になりそうな…

10/13

こんばんみー。アンチョビです。

江戸時代を通じて、大罪人として、
disられ続けてきた石田みっちゃんが、
近代になってから、つまり江戸幕府の終焉後、
次第に復権が図られ、
それが未だに続けられているの、
非常に興味深いです。

実は、徳川光圀が
君に対する臣下のあり方(つまり忠義ですね)というところで、
三成殿に「義の武将」的な肯定的評価を与えていています。

そのために、水戸学派はみっちゃんを高評価。
それが明治政府にも受け継がれた。

というようなことを考えると、
現代の三成評もまた、
前時代的な価値観から脱しておらず、
バイアスがかかっているのでは?

なんていう電波を今日はキャッチして大変でした。

真田丸のみっちゃんが、
天下のために骨惜しみせずに働く純粋性を、
大人の発達障害的な文脈で解釈したのは、

うまく前時代的価値観をかわして
現代性をもたせる工夫だと思う。

神がかってるわ。

10/14

こんばんわ。アンチョビです。

昨日のみっちゃん評価の話の続きです。

みっちゃんの復権が
幕末の水戸学の影響下に未だにあるとするなら

それはつまり、
南朝正統論の補強としての評価に違いないのですよね。

楠木正成に準じるものという。

あ、これは幸村もそうですけれども。

で、この南朝正統論というのが、
私には、何らかの意味のある議論にちっとも見えないし、

南朝生討論が明治〜昭和の国政すら左右したということを
絶望的な理性の不在とすら思うので、

水戸学派的な三成観からもっと離れて
みっちゃん評価が進むことを
願ってやみませんです。

というわけで私は、
「なんとか官兵衛ちゃん」の田中圭三成の、
自分のために天下取りに名乗りを上げて敗れた
という解釈は全く嫌いじゃないです。


という感じの文章を、はんすうサローネにちまちまと投下しています。

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