真田丸 第三十七回「信之」レビュー〈2〉淡々と、敗戦処理を淡々と。しかし壊れてしまう妻たちの心。

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37回後半は、敗戦の責任者である領主とその息子の、家族との別れです。これまであまり描かれてこなかった敗戦処理の実際の様子を淡々と描きます。

ほとんどの武家の人々は見苦しくなく、現実を受け入れるのですが、貴族文化の中で育った薫ママ、そして最も過酷な運命に向き合った三成の正室・うたさまの心は壊れてしまう。

この二人の女性を描くことで、敗け戦さの悲惨さ、悲痛さを描きくんだけど、残酷な戦闘の描写よりもよっぽどきつかったです。

というわけで、レビュー行ってみましょう…

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昌幸、それはいかん

●生真面目で忠義に篤い本多忠勝の必死の請願により、真田親子は死罪を免れます。

●忠勝は助命がかなったことよりも「生まれて初めて殿に逆らった…」という感慨で女優泣き(10年ぶり二度目)。どんだけ殿が大好きなんだ三河武士。

というか、50年前のヤスさんは秀頼ポジの若殿、実は秀頼が紆余曲折を乗り越えた究極進化形態がヤスさん…ということの暗示だったんじゃないかコレ。

●信幸はとんぼ返りで信濃に戻り、昌幸と信繁ににことの次第を報告します。

死罪は免れたものの、高野山に配流、実際はその麓の九度山村に幽閉…と聞いた昌幸は、信幸を「この役立たずが!」と罵ります。昌幸は息子たち、特に長男に対しては甘えがありましたが、それが最もいけない形で出てしまった。

(長子あるあるなので、とてもよくわかる・・)

勝った方が負けた方の命を助けるという約束。あの時は希望に満ちていたはずの犬伏の別れが、どれだけ困難な約束であったか、そして命が助かったからといってそれで済むのかという現実が突きつけられます。

●さすがに昌幸も言い過ぎたと謝りますが、日本の家族問題の闇を見てしまったような気持ちになってしまった…

●しかし信幸は「これからもお二人のために力を尽くします。お許しください」と涙目で、父親の心情を慮るのでした。兄上偉すぎ…

敗戦の始末、別れ

●上田城では明け渡しが迫り、昌幸・信繁は家臣たちを集めて身の振り方を決めていきます。

小山田茂誠は、城の明け渡しののち信幸に従うよう言い含められ、最初は反論しようとしますが兄を支えてくれ、松を頼む、と言われて涙ながらに頷きます。

作兵衛は上田に残ってすえを育てるよう命じられ、

内記は、もう若くないし自分で決めろと言われて憤慨w 幽閉先へついて行くと申し出ます。

●こうしてちゃんと登場人物の始末をつけるところは真田丸の大変良いところだと、何度でも言っておきたいと思います。

●上田に戻されていた出浦さまは、家康公暗殺失敗より2年後のここで登場。

未だに床から身を起こすこともできず、声も出せないという大ダメージを負っていたいたことが明かされます。

「お主は信幸に託す、沼田に移って養生しろ」と言われて、着いていきたいという気持ちを抑えて、出浦さまは大坂城の構造的弱点と徳川を討ち取る策を伝えます。

健康な時は散々昌幸に発破をかけ、咎めたり、煽ったりしていた昌幸のバディ出浦さまが、連れて行ってくれと言えずにアワアワするの、かわいそうでした。萌えたけど。

●主従関係って、単なる上下関係じゃなくて、私たちが想像する以上に、パッションを伴った忠誠心なんだなあ(丸に登場するいろんな主従を思い浮かべながら)。

●信繁はすえちゃんにも再会し、別れを告げます。美しく育ったすえちゃんでしたが、父親は作兵衛叔父上だけと信繁を拒みます。

それでも最後には相手の気持ちを汲んで、またお会い出来る日をお待ちしております、と言ってくれるの、梅ちゃんと信繁の子だなあと…

●慶長五年12月13日。

上田城は正式に徳川方に明け渡され、領主親子は入る先へと旅立ちます。家族・家臣らが見送るのですが、すでに主君ではない相手に平伏が許されず、立ったままの見送りになった…ということなんだろうなあ。切なかい。でもなんとも言えない、とてもいい絵でしたね。

●昌幸と信繁を見送った信幸は上田領他を与えられて、9万5000石の大名に。そしてヤスさんとの約束通りに「幸」の字を捨てます。

新たな名前は「信之」。

読みを変えないのは真田昌幸の嫡男の意地でした。

死よりも辛い生き地獄を

●紀州九度山に向かうはずの真田親子は、家康に呼び出されて大坂に立ち寄ります。

●ヤスさんは、昌幸になんというか、これまでの鬱憤をぶつけます。

「儂はお主から、城も兵士も金も武具も戦に出る機会も全部取り上げる」「死よりもなお辛い生き地獄、たっぷり味わうが良い」

これまでネガティブな感情を誰かにぶつける暇もなく生きてきたヤスさんから溢れ出た、多分三方ヶ原以来の様々なルサンチマン。

安パイになった昌幸に急に吹き出してきたのですかね…

●昌幸は言葉もなく、信繁はそんなヤスを冷たい目で見つめるのみです。

北政所、小早川秀秋

●家康との会見から退出してきた信繁に、片桐且元が声をかけて、関ヶ原後の状況を教えてくれます。

●石田治部が一人ですべての責めを負わされたこと、そのために多くの者が助かったこと。

●北政所にも面会が叶います。北政所が「これからは親孝行しやあよ」と、とても配流になる者にかけるべきとは思えない普通の言葉をかけ、秀頼公がおられるではありませんかという言葉も曖昧に濁すの、なんとも言えない怖さ。

●小早川秀秋の裏切りが、石田方の敗戦を決定付けたと片桐且元が静かな怒りを見せても、北政所は「あの子も悪い子じゃないんだけど」と、未だに「心が現実に追いついていない」様をまざまざと見せるのでした。

●且元・信繁を見て逃げ出した小早川秀秋は、自分の裏切りによって敗戦の将となった宇喜多秀家・明石全澄・毛利勝永らの生き霊に怯え、心を病んでいき、2年後に原因不明の病死を遂げて世を去ります。合掌・・・

ご最期

●昌幸・信繁はそれぞれの妻と再会します。

思いもかけぬ毀誉褒貶と人質生活で心が弱り、子供に戻ってしまったかのような薫。

父親の死に打ちひしがれて夫への依存度がぐっと上がった春。

●信繁は春から刑部の最期を聞かされます。

大谷刑部は逃げ切れぬと悟って腹を切り、腹心の部下である湯浅五助に介錯させ、決して自らの首を徳川方に渡さないように言い残して死んだとのこと。

信繁はあの方らしい、私もあの方のように行きたいと春に言い、その死を悼みます。

ちなみに、五助の隠した大谷吉継の首は、結局見つかりませんでした。

丸の刑部様は小早川秀秋など眼中になく、石田治部と戦えたことに感謝して、美しくこの世を去ります。

●この日本の「首」信仰に関する考察が書きたいけど、八重の桜で中野竹子たんの時もそう思ったんだけど、溜めちゃった丸レビューが書き終わってからね💦

●またその夜、信繁は三成の正室のうたから、石田治部の最後も聞かされます。

うたは、三成の最後を見届けるよう申し付けられており、見物人に紛れて斬首の様を見届けた後、三成を知る人にその最期を語ることを自らの務めとしていたのでした。

しかし、佐和山城の落城などを経験し、さらに三成の最後を見届けたうたの心は壊れており、「あの方は豊臣家のことしか考えておりませんでした」とおもちゃのように繰り返し始めます。

現在、うたを匿い、その無念を晴らさせるようにうたに同行している加藤清正が、急いでうたを連れて退去します。

●うたさまの言葉は、家族を顧みずに戦を始め、負けた、治部殿を責めるようでもあり、本当辛かったですね…

●昌幸は薫は九度山に連れて行くのは無理だろうと判断し、信幸に預けることにします。

●戦の悲惨さを、家族が引き裂かれ、残された妻が壊れていく様子で表現して大変秀逸な回でした。

●翌年の慶長六年正月、昌幸らは信幸が用意させた九度山の屋敷に入ります。

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信之公の苦労がつぶさに描かれていると評判の考証・平山先生のご本。

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コメント

  1. 軒しのぶ より:

    いつもは2回は見ている真田丸なのですが、この回だけは、まだ本放送の1回しか見ていません。辛すぎて見返せないのです。
    もう絶対一度この親父殴る。いや現場証人のお舅殿が、あの世で一発殴っていてくれると信じております。兄上がかわいそうすぎる。
    それでも兄上が耐えて反論しないのは、自分が言い出した策であったからですね。むしろ自分の力が足りなくて、とさえ思っているのかもしれません。そこまで思いつめなくていいですよ兄上~。
    そしてこの改名の一件。源次郎君が真相を知らずに「幸」の字を名乗って大坂に入城してしまいますので、兄上との間のとんでもない地雷になるかも知れません。いまから兄上がこの報せを聞く瞬間がこわくて、戦々恐々としております。大坂入城だけでも、この兄上でなければ激怒ものなのに。

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