真田丸 第三十六回「勝負」レビュー〈2〉老将たちの知謀戦と、超高速関ヶ原。

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後半は、第二次上田合戦です。

と言っても私たちが持っている合戦のイメージである「ワーッッッ」と閧の声が上がって両軍がバーンと激突する野戦ではなく、昌幸と正信という真田丸屈指の軍師たちによる知謀戦、そしてゲリラ戦になります。

生き生きと戦う老人たちと、初陣で戦場での勝手がつかめない若者の狼狽という対比。

そして、昔ながらの戦である第二次上田合戦が長々と描写され、大規模な野戦である関ヶ原の戦いが一瞬で終わってしまう対比。

美しかったですね!

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時間稼ぎ

●真田攻めの秀忠軍の中心は、本多佐渡守正信です。

戦慣れした老軍師は、第一次上田合戦の内容は頭にすっかり入っているようで、まずは15年前に鳥居元忠らの軍を壊滅させた神川の堰を切ります。

●一方昌幸の方は、秀忠軍に真田の旗が見えたことから、信幸を使って仕掛けます。徳川軍にサクッと降伏を申し入れるんですね。

●交渉にやってきた信繁は、城はいずれ返していただく、真田安房守は徳川家の家臣として丁重に扱うように、と降伏条件を出します。てんで降伏する気がない真田。これはむしろ挑発です。もちろん交渉は決裂します。

●ところでこのシーンで秀忠軍にいる信幸が、あいつらがまた何かやらかすつもりだわ…と思っ切り不審顔になってるのに超和みました。

この信幸の表情も計算に入れての策なんでしょう、昌幸は本当に悪党だなw

●真田安房守の狙いは時間稼ぎ、だが時間を稼ぐ狙いはわからない、となってもちっとも慌てない老獪な正信。降伏条件を見てワナワナしながら「これは怒っても良いのか?」と確認してから怒る初陣の秀忠。

●ところで降伏条件の交渉にやってきたのは、いつもスルメ♡平野様でした。かつての信繁の上司且つ同僚ですね。

秀次の死後、馬廻職を解かれた平野様は徳川家康に拾われていたそうで、ヤスときたら、さすがの人材コレクターぶりです。

またも戦芝居

●9月6日、怒りの秀忠軍は、染屋原という高台に陣を敷き、上田城とにらみ合います。

●昌幸・信繁はできれば信幸とは戦いたくない、と考えます。

そこで信繁は得意の芝居で、信幸に、かつて第一次上田合戦の折、信幸が立てこもった砥石城を明け渡すことにします。

●佐助から信繁の策を知らされた信幸は、うまいこと砥石城攻めを任されるように話を運びます。砥石城を守っていたのは信繁。

芝居とは言え、兄弟対決になり、信幸の兵士の中には、源次郎の顔を見て動揺したものも多かったのですが、信幸はいささかの躊躇も見せずに鉄砲で打たせ、城に攻め入ります。

軍艦として同行した平岩様もこれにはびっくり。第一次上田合戦で信幸にボコられたお人ですから、疑り深いのですが、真面目な信幸の真面目な演技にあっさり騙されてしまいます。三河武士ェ。

●最後は信繁に「信幸に内通」を言い含められた三十郎が門を開け、信繁の軍はひとしきり戦闘をした後、撤退します。

●三十郎はこれ以降、信幸に仕えることになりますが、信繁と離れたくなくて「わかりました」と言えずにぐぬぬぬってなってる三さまには泣いたよ…。戦って本当嫌ですよね…。

●信幸は砥石城から動かず、これ以降、真田勢同士が戦うことはなかった(由美子)。

第二次上田合戦

●こうして初戦は表向き徳川の勝利となります。

秀忠はこのまま正面から攻め入り、人数で押し潰そうとしますが、正信は戦は焦った方が負け、と秀忠を止めるとまずは苅田を命じます。

昌幸もまた本多佐渡がいる限り、正面から人数を嵩に攻めてくることはないだろうと踏み、信繁・茂誠・作兵衛にゲリラ戦を指示します。

信繁は徳川の陣を一つずつ奇襲で潰す。

茂誠は徳川の兵糧を奪う。

作兵衛は徳川の苅田を阻止する。

で、こういうゲリラ戦になると地元で兵の屈強を誇る真田が断然有利なんですね。

徳川軍はボコボコにボコられてすっかり疲弊、平野様は本体のスルメを真っ二つにされます。

●そうこうしているうちに、空がかき曇り、雨が降り出します。

神川の堰を切っていた徳川軍は、川の増水により退路を絶たれ、正信は、昌幸の時間稼ぎの狙いが天候の変化だったことに気がつきます。

地元ならでは天候変化の予測、昌幸の軍師としての真骨頂。

●昌幸は、こっそり開かせていた間道を使って秀忠の陣を奇襲し、秀忠の首を取るよう、信繁に命じます。

成功しなくてもいい、初陣で戦の恐怖を刻みつけられた武将は、生涯戦下手で終わる、とゲスい顔でカッコよく言い放つ真田安房守でしたが、ちょうどその時、秀忠の元には父・家康から西への転進を命じる使者が到着していました…。

勝ち戦の宴で

●というわけで、秀忠は石田治部らの迎撃のために西に進軍を開始しますが、真田家の方にはその辺の事情がほとんど入ってきません。

まあ9月6日に布陣して、どう見ても1週間程度こ競りあった程度での撤退ですから、仕方ない。9月15日に全てが決してしまったことの方が、あらゆる人にとって予想外でした。

昌幸・信繁もまた、秀忠軍を撃退したと思いこみ、豊臣方の勝利を確信して、兵士らと酒を交わして勝利を喜びます。

信幸に貧乏くじを引かせてしまった、早くあいつもこの席に呼んでやりたい、という親子の会話がさぁ・・・

●孤立していた真田家に、佐助が情報をもたらします。

数日前に関ヶ原で合戦が行われ、わずかな時間のうちに徳川方が大勝利。大谷刑部が討ち死にし、石田三成は行き方知れず。

勝利を確信し、甲斐・信濃を手に入れたつもりで浮かれていた昌幸は、この報によって一転、地獄に叩き落とされます。

戦それぞれ

というわけで、第二次上田合戦でした。

歴史ライト層の私でも、昌幸がウキウキと繰り出すゲリラ戦の古さや、第二次上田合戦が所詮は局地戦に過ぎないことがよくわかるように描かれていて、非常に面白かった。

もちろん楽しいのですが、皮肉がちょっと苦いのも良かった。

正信などは最初から最後まで源さんの前で飲み食いして、余裕綽々。要するにこれは、「源三郎、忍城攻めな、お前やってみろ」の徳川版なんですね。

一つ残念だったのは、信繁の奇襲が成功して星野秀忠がボコられて涙目になる姿が見られなかったことでしょうかw

そして超高速でっていうか、ほぼスルーされた関ヶ原については、1回くらいは描写を入れるんじゃないかと思ったんですが、もうバッサリでしたね。

大坂の陣を際立たせるための工夫でしょうが、いやすごいよ。ほんと。

このスルー自体が、関ヶ原という古来天下分け目の戦いとされてきた合戦の解釈の変化を物語っている。

語らないことで語った関ヶ原。お見事でした。

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