2012年大河ドラマ 平清盛「王家」問題について思うこと。

tomwieden / Pixabay

平安末期から鎌倉初期、武士という戦闘階級が軍事力をもって朝廷の権威と戦い始めるさまを、少年漫画テンプレートで描いた「平清盛」。

その放送最初期に問題になったのは兵庫県知事による「画面が汚い」発言と、天皇家を「王家」とする時代考証でした。

今回はその「王家」と、劇中やたらに連発された「王家の犬」という言葉について。

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皇帝(エンペラー)と国王(キング)の違い

大抵の人が、皇帝の方が偉そうだ、という印象を持っていると思いますが、その通りです。

国王(キング)…………同民族の統治者
皇帝(エンペラー)……異民族をも統治する王のこと、つまり皇帝とは「王の王」を意味する。一般的に国王よりも領土が広く、多数の異民族を統治している。

ただ、君主の概念というのは、地域によって、時代によって異なります。

歴史的に戦争ばっかりしていたヨーロッパでは、問題は称号よりもシビアに国力(経済力・軍事力)の差でした。

東アジアでは、というか中国では、王とは皇帝に任命されるもので、はっきり上下関係が決まっていました。

日本はそのあたりの微妙な問題には大分前から気がついていて、和語スメラミコト(スメル=統治する)の漢語表現を、王、大王ではなく、天皇としました。皇帝でもなく、国王でもない、日本の統治者をそういう存在として定義したわけです。

ところで、中国の朝貢国として、華夷秩序にがっちり組み込まれた朝鮮の支配者の君主号は「国王」。しかも挑戦国王が許された尊称は「陛下」ではなく、一段落ちる「殿下」でした。

朝鮮半島の人たちが、天皇のことを日王と呼ぶのは、あえて自分たちと同じ「国王」の地位に日本の天皇家を貶めているためです。

まあ、彼らが国内でそう呼ぶ分には別にいいんじゃないのと思いますが、失礼きわまりないことに彼らは国連の場で、皇太子殿下ご本人を目の前に、His Royal Hinessと呼んだりしやがるんですよねー(正式にはHis Imperial Highness)。

平清盛において、天皇家を王家と呼び習わすのもこれと同じではないか。日本の放送局が在日朝鮮人に乗っ取られ、韓国・朝鮮的な歴史観から天皇家を王家と呼ぶのではないかと批判が起こったのも、今思うと無理からぬことでした。

最初のうちは違和感はあったが…

実際どうだったのかというと、放送を見ると、やはり天皇家を王家と呼ぶのはものすごい違和感でした。

違和感の原因は、やはり「王家」という呼び方。「天皇家」と「王家」は感覚的に別物なんですね。

「王家」を連呼されているうち、じわじわとあの批判は的をついてるかもしれないな、と思い始めたのですが。

日本の貴族文化が性的退廃を極めたこの時代の、待賢門院たまこさま、美福門院なりこさまの情念ドロドロドラマが面白すぎて「見よ、この実話の重み。呼称なんぞで日本の歴史は負けんわ!」という気持ちに。

私がそう思うようになった気持ちは、韓国の歴史ファンタジーを見たことのある人ならばだいたい同意してもらえるのではないかと思います。韓国の歴史ファンタジーってびっくりするくらい妄想にどっぷり浸かったドラマなので、それに比べると…というわけで、そのうち王家という呼称には次第に慣れていき、放送が終わる頃にはそんな問題があったことも忘れておりました。

しかし、翌2013年、「トンイ」のNHK地上派での放送始まってから、だんだん考えが変わってきました。

なぜならば、この「トンイ」というドラマの細部が、何故か「平清盛」と似ていたからです。

二重の呪詛

どのへんが似ていたかというと、所作が非常に軽んじられているところ、セットの閉塞的でしょぼい感じ、平清盛はせかせかした品のない人物に描かれたのですが、これって韓国歴史ドラマ的な人物造形じゃね?…と思ったときに、なんというか、アレっと思ったんですね。

そういう眼で「平清盛」というドラマを思い返してみると、

●強い男の象徴として、清盛の持つ剣。宋では最強の男が持つ剣として父の忠盛から譲られる。戦争に弱いことで有名な宋の最強の男の剣??
ちなみに清盛と同時代、宋は女真族の建国した金に皇帝を拉致され、領土の北半分を失っているけど、それを私貿易とはいえ、貿易していた当時の日本が知らない訳はない。

●しかもその剣が、三種の神器の一つである草薙の剣の代替物のような感じで扱われたり、崇徳院に突きつけられたりした。
たとえ、ドラマであっても、上皇に直接剣を向ける描写は、あまりにも現代的で違和感ありまくりでした。

●青墓宿。あの猥雑な描写は以前見た在日系劇団の劇にそっくり。
あそこで後白河院が覚醒するのは当時からヘンテコな展開だと思っていたけど…あれって…

●王家もあれだが、「王家の犬」の犬ってなんだろう。犬って日本でイメージの悪い生き物だったか?
韓国では、犬は悪口として頻繁に使用されているけど…

という感じで、アレ、アレとなってきました。

そして思い至ったのが、「王家の犬」とは、天皇家をおとしめるだけでなく、後の武士政権を担っていく源氏と平氏のゴッドファザーたちをもおとしめる、二重の呪詛だったのでは…ということ。

彼らの呪的思考

こういう小さなイメージ操作を、実は日本史はいろいろされてまして…

例えば過去、中国や朝鮮半島から日本にやってきた人々を意味する「渡来人」という歴史学的な言葉がありますが、昔は「帰化人」でした。

現代語でも「渡来」というただ移動を示すだけの言葉と、従属を求める「帰化」という言葉は意味合いが大分違います。

「渡来」という言葉で、戦乱を逃れて日本にやってきた大陸の人々が、日本を統治する天皇に保護を求めて臣従した、というニュアンスを打ち消しています。

まあこの渡来人問題などは、1970年代に左翼系の史学者が言い出したこととわかりますけれど、テレビドラマの呪詛は改変が呪詛なのか、単に教養がないのか、ドラマの都合なのか、責任の所在がわかりにくい。

しかし、映像というのは、イメージが残るために呪詛として有効です。

私もずいぶん騙されてきたなあと思います。

(平清盛には三国志の董卓的なイメージをもってたし)

あと歴史教育ね。近代日本史ではないですよ? 日本の中国史の教え方は大分おかしいと思いますね。

大河ドラマは歴史に詳しくない日本人に、歴史を魅力的に表現してきたブランドでした。

この日本の歴史を扱うことにかけては権威にすらなっていたドラマのシリーズが、ここ数年かなりおかしくなってきているのは偶然ではないかもしれないですよ??

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