「動乱」石田治部かわいそうが限界突破。

33回は私的には恐ろしい回でした。

前回から全く得意ではない政治・外交に手を出して泥沼にはまり始めた石田治部。

放送を見ている時は「治部、このコミュ症が!(嗚咽)」だったんですけども、落ち着いてレビューしてみたら、コミュ症というものとはちょっと違うかな、と。

確かに、人に対して魅力的であろうとする意思のちょっと足りない人物ですが、決してそれだけではない感じ…

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画像転載元:nhk公式サイト

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言葉によって復讐されるようで

これまで私たちが見てきた石田治部は、思いやりのない男ではなく、まっすぐで誠実な人物でした。わかりにくいし、物言いに棘があるのが難ですけど。

理解者も決して少なくなかった。

それが、32回・33回とも、あまりにも悪手を続けている。

それだけ「家康を殺せ」という秀吉の最後の言葉が、治部を縛り付けているのだなあと思うわけなのですが、コミュニケーション下手よりも、このテクストにまんま縛られちゃう繊細さの方が、描写として私には恐ろしかったです。

これだけ頭の良い、有能な人間が、たった一言で前後を見失うくらいおかしくなる。

彼は事務方の人間で、言葉と法の力を使って統治という大仕事をしてきた人のはず。その彼が今度は言葉に支配される。その逆転を怖いと思いました。

言葉によって復讐されるようで。

大谷刑部が「死にかけの老人の世迷言」とバッサリ切って捨てた言葉が視聴者には届いちゃって、治部の痛々しさを冷静な気持ちで眺めることになるのだけど、治部には一向に届かないっていうのも非常に面白かった。

治部さん、細やかで純粋であるがゆえに頑固っていう。

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義憤という厄介なもの

で、最後に上杉主従が出てきて、石田治部を一時的に止める代わりに、治部の思いを「義」という価値観に昇華させてしまいます。

石田治部の秀吉への執着というのは、最後の言葉を後生大事に抱え込んでいたことからも分かる通り、ちょっとおかしいものだったのに、家康への怒りや殺意も含めて、義憤という美しい形を与えて、落とし込んでしまった。

ここから石田治部は「義」という観念に殉じていくのでしょうが、これも結構怖い。

景勝公が治部をハグしてまで止める、その姿は、鶴松が死んだ時に茶々を抱きしめる寧のように感動的なもののはずだったのに、「御屋形様あああああ!」と「なんかわからんけど唐突でえぐい・・・」と同時に思ってしまったのはきっとそのせい。

リアリスト大谷刑部が何度も「徳川を倒したら実現可能な全国統治プランがなくなるだろ」って治部に指摘していたのに、治部が準じるのは「義(正しさ)」という観念なので、具体性がない。でもそれに向かって走り始めてしまった。

(しかし、純粋でいい人から、そして過去に囚われた人間から死んでいくのが「真田丸」の法則なのである)

この三成周りのエピソードは、面白くて複雑で毒もあるのがすごいなあと思います。

正直、治部の「義」には現時点では危うさを感じるんですよ。

でもそこが狙ったところ、つまり信繁が、治部が無私の思いで天下公民に支えてきたことを評価して、(秀吉に言われたからではなく自らの意思で)石田治部についていく決意をするという前振りなんだろうなー。

これは確かに愛と義。うん。

石田治部は言葉じゃなくて行動で信繁に呪いをかけるのかもしれませんね。

以上、ちょっと前まで、「もうこれ以上三成を苦しめたり傷つけたりせず、安らかなナレ死をさせてあげて欲しい」と思っていたけど、そこを限界突破してした私のワクドキの吐き出しでした…ごめん、相変わらず考えすぎで…

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