「異変」容赦なく現代性をぶっこんでくる真田丸は、時々辛い。

「異変」は主に登場人物の変化を描いた回でしたが、特に秀吉の老いによる異変が、これから老いる身としては身につまされる辛さでした。

世代交代、異常人格、不妊、鬱、老衰(介護)と、容赦なく現代性をぶっこんでくる真田丸は、時々辛い。

ということをパラパラと。

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画像転載元:nhk公式

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世代交代と老害

これはすごく自戒を込めて言うんだけど、

大坂編の最初の頃の昌幸と信幸の関係を、実権を握って手放そうとしない老害と、すでに世の中が見え始めた次世代の世代交代のエピソードとパッと気がついた人と、なかなかそれに気付けない人がいた。

そういった中で、「真田丸はエピソードがいちいち軽い。若い人たちにはご存じないかもしれないけど、昔の大河では〇〇が〇〇で〇〇〇〇、これが大河ってものなのだよドヤァ」っていう感想を目にすると、なんだか胃が痛くなった。

ちなみに私は後者の「なかなか気づけなかった方」で、我々の安房守がこんなに早く老害化するわけはないと思ってた。年齢的には「老害」になる方が近いので、本当に気をつけようと思いました。

真田丸で私が学んだことはいろいろあるけれど、「自分が老害であるかどうかは、自分では気付けない」というのは結構大きなこと。

絶望

「受難」では、秀次が、残された自分の家族がどうなるか薄々感づいていながら自殺までしてしまう、そこまで追い詰められた理由がわからないという人は割と多くいた。

秀吉も、他の誰も、秀次を責めてないのになんで死ぬんだ? という結構多くの意見を見て初めて、それから英語版のタイトルである「Suffering(苦しみ)」を見て、ようやくタイトルの「受難」に納得がいったんだけど、

自分が納得いかないと、目の前の事象を認められないというのは結構怖いことだった。

(「受難」のサブタイトルに納得がいかないと、眉間に皺を寄せていた私)

なんだろうな、相手のこととか、目の前のことを丸ごと受け止めずに「解釈」してその上で「納得」しようとすると、肝心な何かを間違うんだろうな。

信繁は「理が立ちすぎる」の欠点通り、太閤殿下はそんなに怒ってないから大丈夫って思って、秀次の気持ちには寄り添えなかった。

豊臣には戻りたくない、という秀次を「なりませぬ」と穏やかに切って捨てたのは、割ときつかった。

逆にきりちゃんは、相手の言うことを丸ごと受け止める大きな度量があるように描かれたと思う。

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画像転載元:nhk公式

運命の悪意

「異変」における秀吉の老いと衰えは、介護する側にはなくても、誰もがいずれは介護される側になることもあって、リアルな描写で迫ってこられると怖い。

「自業自得」という人もいて、まあそれもその通りなのだけれど、ただ、秀吉の晩年に嫡子が生まれるという運命の悪意を思うとバッサリ切って捨てられないものもあって。

あのまま秀吉に子が生まれず、秀次を後継にする体制を早めにがっちり固めていれば、あそこまで老い衰えずに済んだのではないかとか、

でも、それで豊臣が安泰だったかというと多分そうではなく、秀吉が死んだ時点で乱世に逆戻りしたろう、それも結構な大戦の果てにとか。

後世の視点で見ると、秀吉とその周囲が嫡子の誕生に振り回されたおかげで、家康の時代が来た。秀吉はあえて過酷な運命を天から担わされていた。

三谷さんの脚本からも、同情心と同じくらいの、だからこそきっちり豊臣家の悲劇を描いてやろうというクールすぎる意気込みを感じて、ちょっと震えている。

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