「受難」悲しい。だけど。

秀次の死の理由について。私はわかる派。

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画像転載元:nhk公式サイト

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しかし?

秀次の苦しみは多分理解できていると思うのだけど、しかし、「受難」というサブタイトルにはどうもピンときませんでした。

難を受ける、と素直に書き下せばその通りの内容かもしれないけれど。

秀次からは、宗教的なものは何も、キリストの「受難」的な、成約と成就という要素は全く感じられなかったし、毎回ビシッとタイトルと内容を決めてきていた真田丸で、今までなかったことなので、いろいろ考えてしまったのですが、

脚本が遅れてきているという話が、あちこちから激しく聞こえ始めているので、整合性が取れなくなってきているという単純な話なのかもしれないなあ。

28回の出だしで、金吾中納言が秀次の出奔に驚いているところなども、27回の最後で冷たく「殿下はもうここにはおられない」と言っていた彼とはだいぶ違ってましたし。

これまで重要な要素が出てくるときはちゃんと前振りをしてフラグ立て→回収をしてきた真田丸にしては、キリスト教、キリシタンの登場は唐突に感じられました。

が、次週は、戦国期のキリスタンとして大変有名な細川ガラシャが登場するので、これ自体が前振りという可能性も。

とにかく何か意味があるんじゃないかと大変もやもやしまして、TLまとめの作業の手を止めてあれこれツイートしてしまい、絡まれた皆さんにはご迷惑を💦

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画像転載元:nhk公式サイト

聖母子像と磔刑図

と、気になった点から書いてしまいましたが、それ以外は素晴らしかったなあ。

繊細に、魅力的に造形されてきた秀次が、心を擦り切らせてしまってどうしても秀吉と対峙できなくなる。

娘のたかちゃんは美しい聖母像、聖母子像をいくつも送る。あれは彼のたくさんの妻子を表現していると思うのですね。

その中に一枚だけ磔刑図が含まれている。

それが「最後まで神様が守ってくださることを忘れずに」という意味にも取れれば、「自殺は罪ですよ」「あなたの苦しみは贖われますよ」という意味にも取れる。

そして磔刑図を目にした秀次の目がふっと揺らぐ…

秀次がどこで死を決意したかは見る人の判断に任せられているところですが、私には秀次はあそこでふっと死に引き寄せられたように見えた。

たかちゃんは、秀次をこの世につなぎ止めようとして、却って秀次の苦しみがこの世にとどまる限り終わらないものであることを彼に教えてしまう。

娘のたかちゃんの方が高い宗教性を持っていて、父親を導くんですね。ただし、その先は滅びでしたが。

秀吉の悲しみ

彼なりの愛情を注ぎながら、それを否定された秀吉の怒りと悲しみも痛買った。

親になるとどうしても、子供が自分の好意を受け取って当然という気持ちに慣れてしまうけれど、でも好意で支配された時、人がそこから抜け出そうと思ったら、全てを拒否するか、死ぬしかない。

一番厳しい形でそれを知らしめられた秀吉の心もまた、擦り切れていきます。

身の丈をはるかに超えた出世を果たした人物が、人生の終盤でつじつまをあわらせられていくという点で、むしろ仏教的な宗教観を感じた回。

(「因果」とかそういうタイトルでもよかった気がします。)

自分の身を担保にする信繁

今回信繁は、たかちゃんを救うために、自分の命を担保にしてパスを通します。

今まで小細工を弄してばかりいた彼が、やっぱり小細工なんだけど、しかし確実に秀吉に首を縦に振らせるために、これまでにないくらい真正面から秀吉に対峙する。

勘頼みには経験と計算がいる、と第一部でパッパに食らっていた説教が、ようやく成果に結びつき始める。彼は自分の意思でそれができるようになる。

春日様調略、沼田裁定、北条氏政の説得で、信繁は人を説得することのできる男に成長しました。

しかし、信繁が成功する賭けは、鉄火起床といい、自分の身を担保にしたものばっかりだなー!

でも、そこがいかにも「真田の男」という感じがして、今回のラストの信繁は非常にかっこ良かったと思います。

乗るか反るかは真田の家風ですよ。たかちゃんもこれは惚れるわ。

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コメント

  1. unicoooorn より:

    既に呟かれている方もいらっしゃいますが、NHK出版の『真田丸 後編』では、28回のタイトルは『誤解』なんですよね。
    それを敢えて『受難』に変えて来た意味が何かしらあるのだとは思いますが、それにしても唐突感が…

    冒頭の金吾中納言のリアクションも”あれれ?”でしたね〜f^_^;

    • アンチョビ より:

      >unicoooonさま

      「誤解」を変更したのは正解だと思いますが、「受難」と来たのにはちょっとびっくりしました。
      漢語且つキリ教の訳語である受難は、特に人によって落差があるらしくて、違和感を感じない、むしろしっくり来るといういう人も大勢いるようです。
      個人的に「受難」という言葉には、苦しみを積極的に引き受けて、(信仰など)何かを達成するという積極的な意味合いを感じるので、消え入るように死んでいった秀次には「受苦」という言葉の方が合うなあと思っています。
      しかし、今が一番きついところ、また推敲も難しいところかな、というのも感じます。秀吉の死から関ヶ原にまで至ると、歴史が動き出すと思うので、頑張ってやり切って欲しいw

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