真田丸 第二十七回「不信」レビュー〈2〉一時の和解。しかし。そして。

sanadamaru_bnnr1

27回後半です。秀吉を怒らせてしまった秀次は、挽回のチャンスを得るのですが、根本的な解決には至りませんでした。

しかも、真田兄弟まで喧嘩。誰か片桐様のひょうたん持ってきて(私に)。

スポンサーリンク
ad

夜の宴

●花見の夜の宴には、石田治部が遅れて参上します。

秀吉は喜び、茶々は秀次に「治部に能をもう一度見せてあげたら」と話しかけます。これは多分、茶々なりの気遣いですね。秀次は苦笑し、断ります。

●治部は朝鮮からの兵の引き上げが進んでいることをさらっと報告します。

●ここで秀吉が突然、信繁に官位を授けてやろうと言い出します。お前も自分に仕えて結構な年数が経ったから、と。

信繁は「兄を差し置いて自分が先に官位を頂くわけにはまいりません」と丁重に断りますが、それが秀吉の地雷を踏み抜いてしまいます。

秀吉は武家の子の兄弟関係とか、わかりませんもんね。

三成と茶々がそれぞれ、「兄を口実に分不相応だと申しあげているのです」「兄にも同じ官位を授けたらいいでしょう」と助け船を出すのですが、秀吉の怒りは解けません。

「与えるといわれたら素直にもらっておけばいいのだ!」

これは年寄りが若者に抱く特徴的な怒りです。

自分の好意を受け取ってもらえないと、自分が否定された気持ちになってしまい、何としてでも受け取らせて安心したいわけです。

秀吉的には能の場面で「下手くそ!」と信繁を怒鳴りつけたことに対してのフォローの気持ちもあったでしょう。

●しかし、秀吉は酒が入っていたこともあってオーバーヒート、フォローのきかないレベルに怒りを爆発させます。

「お前は父親に似て策士だ、兄の分も官位をせしめようとしているのだろう」と大変な怒り様。「残念だったな、二度と官位はやらん」とまで言ってしまったところで、割って入ったのは秀次でした。

●震える声でしたが「官位を与えるのは関白の役目、叔父上は思い違いをしておられる」と穏やかに(でもないか)叔父の間違いを指摘し、「信繁の兄の行状を調べた上で、相応わしいものならば官位を与えよう」「それでよろしいですか、叔父上」と、最後はきちんと秀吉の顔を立てます。

秀次の、聡明で堂々とした振る舞いに、次第に秀吉の怒りが溶け、秀吉は今にも泣き出しそうな顔で喜びます。

「よくやった。お前が立派にこの場をさばいて見せたことが、わしは嬉しい」

二人の心がついに通じたんだ。小日向さんの演技が凄い。もう泣いてた。泣いてたよ私。

上げた分だけ落とされるのが真田丸ってことは、わかってたけどな!!

官位授与

●そんなわけで信幸は官位授与のために上洛することになります。ついでに正室である稲も同行させ、他の大名たちと同じように、人質として京の屋敷で暮らさせることに。

ところが、稲ちゃんはそれに頑強に反抗します。「これ以上生まれた土地から離れるのはごめんです」と子供っぽい言い草で。

しかし信幸は、非常に強い態度で上洛を言い渡します。

この時で、結婚して7年くらいでしょうか、信幸は未だに心を開かない稲に対して情をかけなくなっています。稲ちゃんはまだ信幸に体を許してもないだろうし、思いやり深い信幸とはいえ、そういう女に対して長く優しい気持ちを持ち続けるのは難しいよね。

●稲ちゃんは泣きながら浜松の実家に帰るから支度をせよと侍女(おこうさん)を呼びます。しかしおこうは稲ちゃんを逆に上洛するよう説得。

「乗り越えねば。なんとしても乗り越えねば。ここより他にお方様の帰る場所はありませぬ」

あのおこうさんが!本当にこのひとは強くなった…!

●というわけで、真田兄弟はともに官・位を授かります。位は従五位下、官職は兄が伊豆守、弟が左衛門佐。

お揃いの赤の束帯姿で、武官ということで飾太刀を佩いて臨んだ真田兄弟の官位授与のセレモニーはとっても素敵でした。

●信繁は喜び、秀次に改めて礼を述べます。秀次も喜びまして、聚楽第を一層豪華に改築して、明や朝鮮の使者の度肝を抜いてやるのだ、とやる気マキシマムを見せます。

伏見城の普請・不審・不信

●多分、翌日だと思うのですが、昌幸パパが息子二人を連れて、秀吉にお礼の挨拶をします。パッパと嫌な上司との付き合いが日常化していてちょっと和みましたが、なんとその席で秀吉が、今回の官位授与の経緯を信幸にばらしてしまいます。

●これがまたどうでもいいというか、これまでの秀吉のキレのある人の操り方じゃ全然ないのね。ニヤニヤを隠さず、「弟のおかげで官位がもらえて、これで一生弟に頭が上がらぬな」みたいな。あとで信繁が「口止めしたけれどお忘れになったようです」と言っていましたが、ここではむしろ秀吉の衰えにゾッとしました。

みっちゃんも信繁も信幸を慮って止めますが、心の中では秀吉の衰えにショックを受けたのではないでしょうか。

●しかしそれ以上にショックを受けたのは信幸です。秀吉に軽く侮辱されて、誇り高い兄上は心に受けた傷を隠しきれません。

●一方パッパは、秀吉・治部・刑部から、伏見城の普請に加わるよう要請されます

なぜ伏見城を?と問われた秀吉は、海の向こうから侵略されたときのため、みたいなことを言うのですが、機会があればいつでも秀吉を討つつもりでいたパッパはドキッとしたことでしょうね。

「そなたの軍略を持って、伏見城を難攻不落の城にしてくれ」と頼まれて平伏したものの、何しろいつかは敵対するだろうと思ってるお家のお城、やる気が全然出ません。

●パッパは伏見城の普請を長男に押し付けようとしますが、長男の怒りはそんなパパのいい加減さを許さない激しさ。

「また私だけ蚊帳の外ですか」(信幸はこれが蚊帳の外に放置されるのが嫌い)、「弟の情けで官位をもらっても何も嬉しくない。できるなら官位を返上したい」(誇り高いお人なのです)

兄上、相当お怒りですわ。

昌幸は「もらえるものは病気以外もらっておいたらいいんだ」と昌幸らしい価値観で長男をなだめますが、信幸の怒りは解けないのでした。

●兄の怒りにがっくりする信繁。今度は昌幸は信繁に伏見城mapを押し付けて急いで立ち去ります。パパ素早い。

そこに、きりを探して秀次が来てしまいます。

伏見城は、もともと太閤の隠居所でしたが、秀吉が秀次の仕事を手伝おうと思ったばかりに、評定所・謁見の間など、政治の場としての機能が後付けされていました。

そしてのその後付けされたmapを、秀次は見つけてしまうのです。「忙しい秀次を手伝ってやろうと思ってな」という秀吉の言葉なしに。

弟の死、秀吉の冷酷な対応

●伏見城mapは秀次に大きな不信を与えます。

信繁は秀吉に「太閤殿下の思いやりが裏目裏目に出ております」と忠告しますが、秀吉は「めんどくさい!」と一喝。

「あれもこれも全て秀次の心の弱さが原因。あやつが強くなろうと思わない限り、言うことなんてないわ」と切れてしまいます。

●止めをさすように、秀次の弟で、故・秀長公の大和大納言家を継いでいた秀保がわずか17歳で病死。お能の会で、披露直前に熱で倒れてしまった子ですね。17歳って、17歳って…

これが唐入りで次弟の秀勝を失っていた秀次への、大変な追打ちになります。

しかも秀吉はこの時、秀保の死、それ自体に怒りを表すのですね。密葬を命じ、身内の参列も禁じます。ひどい、これはあまりにもひどい。

●寧が泣いて抗議しますが、秀吉は「拾が3歳になるこの歳に死んだこと(3歳は鶴松が死んだ歳)」「成長した拾を支えなければならないのに、死んだこと」と、取り合いません。

老年に得た子を可愛い盛りで亡くした、心の傷が癒えないのは仕方ない。しかし若くして無念の死を遂げた甥に対して、それはあまりにも情けのない仕打ちでした。

●秀次、そして秀秋はこの叔父の仕打ちに戦慄を覚えます。

屋敷から運び出される秀保を見送る秀秋の目からは光が消え、そして秀次は関白という重責、叔父の存在に耐えかねて、出奔してしまいます。

秀次供養。

秀次事件に最新の学説を取り入れ、事件の原因は長年の人間関係のすれ違いの積み重ねのせい、と表現したのは、現代ならではの解釈で、大変面白いと思います。

秀吉は決して秀次を疎んじていなかったという解釈は、もしかしたら一部の人には「秀次がバカみたい」と映るかもしれない。

そういう人には、聡明で繊細で優しくて荒事よりも女の子や文学、芸術が好きという秀次の造形を見て欲しいな、と思います。そういう資質をもって生まれた少年が、秀吉の甥として、幼い頃から人質に出され、大人の顔色を伺う生活をしていたことを。

〔スポンサーリンク〕

関白秀次の切腹

スポンサーリンク
ad
スポンサーリンク
ad

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA