真田丸 第二十五回「別離」レビュー〈1〉秀長、利休そして…豊臣家の悲劇の序章。

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鶴松の死の前日の夕方から、翌朝の死までの数時間の間に、秀吉の実弟・大和大納言秀長の死、治部と刑部に追い落とされる利休の死の経緯などなどの回想を細かくさしはさむ、トリッキーな回でした。

鶴松の死というと、死の床にすがって泣く秀吉と茶々の絶叫というのがドラマでは定番ですが、意識を失ってから心臓が止まるまでの長い時間をリアルに描いているの、斬新でしたね。

しかし、前半は主に真田家の幸福な風景がメインです。

家族仲の良い真田家と、身内殺しで自らを削っていく豊臣家の対比。徹底しています。

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秀長、最後のご奉公

●天正19年、数え年で3歳の鶴松は、衰弱して死を迎えつつあります。不吉な音楽とともに、夜を迎えつつある淀城内に灯りが入れられていきます。

ゆらゆらとか弱い灯りが、尽きようとする鶴松の命のように、頼りなく城内を照らします。

●石田治部、大谷刑部は見舞の大名たちの対応を馬廻りに任せます。

筆頭の平野さまは、鶴松の病は利休の祟りという噂を話し出し、治部・刑部それに信繁は硬直します。というのも、こやつら3人が利休を追い落とし、死に追いやっていたからです。

●利休は、小田原城で信繁が手に入れた利休印の鉛インゴットの件を問い詰められても、びくともしませんでした。「あんさんの話を、どれだけ殿下がお信じになるか、でんなあ」とまるで他人事風味に対応。そのメンタルの強さを分けて欲しい。

刑部は一計を案じて、秀吉の信頼厚い実弟・大和大納言を動かします。

●治部・刑部がなぜ利休を追い落としたいかというと、利休たち堺の商人が秀吉を唆して戦を起こし、莫大な富を得てのさばっている、と思っているからですね。

しかし、秀長の方はもう一段上から事態を見ています。

自分も、秀吉も、もう長くはない。自分たちが死んだ後、幼い鶴松を守るためには突出して力を持つものを出してはいけない、その戦略から考えていくと、利休はおそらく信用してはならない人物だろう。秀長はそう考えるんですね。

しかし、みんなで仲良く神輿を担いでなんとかやっていこうぜ!みたいな思想は、有効そうでいて、歴史的に有効であった試しがなく、必ず独裁者の軍事力と経済力に破れます。どんぐりが並ぶと、むしろ突き抜けやすくなるわけです。

●秀長はひたすら兄と叔父を案じて説得し、秀吉が自分の言葉を理解したのを確認して、亡くなります。歴史ドラマで秀長の表立った活躍が描かれることは少ないのですが、各勢力との調整に長けた大和大納言は、秀吉と豊臣家にとって失ってはならない人物でした。

真田丸でも温厚で寛容な人物として印象的に描かれました。ていうか、千葉哲也さんの物悲しげな秀長って、秀長像の理想じゃなかった?

●秀吉は刑部と治部に利休の件を任せます。この時の秀吉は狂ってないし、耄碌もしていません。鶴松のために、ひたすら冷徹です。

冷徹

●みんなが守ろうとした豊臣家の希望が消えてしまう。石田治部はやや感傷的にやりきれなさを抱えているのですが、大谷刑部の方は既に葬儀の段取りまで考え始めています。

刑部の冷徹に気持ちがついていけない治部。

どんな手を使っても利休を追い落とす、お主は本当に手を汚すということがどういうことかまだわかっておらん、と言い、実現して見せた刑部の冷たさを石田治部は思い起こします。

何しろ蟄居を言い渡した時、平然と賄賂を取り出した利休に、刑部は先回りして切腹まで申し付けてしまうんですね。まあ今確実に殺しておかないと何かの機会にこいつは戻ってきやがるわ、と刑部さんが思ったのも無理はない利休の化け物っぷりでしたけど。

治部の心の中の動揺は、全部ヤマコーさんが目を揺らして表現するのがすごいです。

●刑部は治部の動揺を見透かして、利休のことは忘れろ、祟りがあるとしたら儂が祟られるはずじゃとかなんとか言うんですが、フラグであるとともに、いかにも治部の昔の男っぽくてあっー!でしたね。ハイ。

真田丸における千利休という男

●利休の見張りについたのは信繁で、またしても登場人物と向き合うことになります。

信繁は、利休が豊臣と北条、敵味方両方に武器を売りつけていたのが未だに信じれないのですが、利休は「戦はもうかりまっせ」という現実を話します。

堺という町に生まれた利休にとって、商人として利益を追求することは当然のこと。しかし利休は「金の力で人の心と命、国をも動かす」という商人の魂の罪深さにも気がついていて、罪深い己の業と向き合うために自分は茶を点てるのだ、と語ります。

信繁は利休から「己の業を徹底的に向き合う」ことを受け取ります。

●主人公があちこちに顔を出して様々な人物と関わっていくという趣向は、「江」でも「花燃ゆ」でも散々やって、まあ見事に玉砕して避難囂々でした。

真田丸がうまいのは信繁が相手の話を聞くだけで、何かするとしても背中を押す程度だからですね。相手に翻意させようと無駄に頑張らないのでイライラしません。

それから、利休にお見事と言われるまでに茶精進した信繁の成長を描く点ね。

大坂に来た時は作法も知らず、茶も振舞われず、茶室に入ってすぐ出される。次にお茶は振舞われるものの、唇にべったりお茶をつけ、利休からは「そんなもん知らんがな」と相手にされない。3回目で利休の本音の独白を聞き、濃茶をきれいに喫して、お見事と評される。

特に「花燃ゆ」は、こういう伏線の回収がびっくりするくらい下手だったんですよね。

●信繁さんの「業の深さ」は、祝言の時以来触れられてなかったんだけど、彼の心の中にはそれがちゃんと残っていた。多分、兄上の「前に進むしかないのだ、我らは」という言葉とともに。

●で、もう一つ信繁は「運命」という言葉も受け取ります。

大徳寺の山門に自分の木像を置かせたという異様な行為の理由ですね。利休はそれについては詳細を語らず、ただ一言「定めや」と言うに止まります。

●利休の切腹シーンはこの回の結構前の方なんですけども、手を震わせながらもちゃんと切腹するんですね。

彼は己の反人間性から人間性を追求するタイプのアーティストでしたが(つまり、ピュア系のアーティストではない)、自分の人生を最後まで逃げずにやりきってやる、自分自身を見届けてやるという気迫に満ちた、立派な最期でした。

つまり、祟るところまで確実にやり遂げそうな利休でした。

親父たちのやり方

●回想が終わり、昌幸と薫が淀城にお見舞いにやってきます。

お見舞いの品は薫様が公家の伝手で手に入れたという唐渡りの薬草。これを煎じるために、片桐様と薫が席を外したところで、昌幸が「誰にも言わんから」と鶴松の様子を信繁から聞きだそうとします。

どう見ても忍び込んだ体の出浦昌相もサクッと同席し、「側仕えは口が固くなくては務まらん」と信繁を援護しつつ、同時に佐助に鶴松君の様子を探らせるのは笑うしかない。出浦様、流石です。

戦国育ちは、相手の意向に関わらず、絶対に自分の目的は達成しやがりますね!

●沼田では信幸の方も戦国のおじさんにやられています。毎度お騒がせ、YAZAWAです。

沼田藩主として独立した小大名となっている信幸は、今回から羽織をまとって登場。兄上かっこいい!(残念ながらあまり似合ってませんけど)

矢沢の大叔父上が信幸に黙って沼田城の堀を広げていたことを咎めるのですが、「こんなことに使う金と手間があったら、領民のために使いたい!」と話が盛り上がったところで隠し扉トラップに引っかかり、部屋から出されてしまう兄上、最高でした。

●YAZAWAの大叔父上、沼田城を明け渡す前にいろいろ仕込んでたんだろうな、真田だもの。

家族とは

●その後、信幸は稲に叔父上のことを愚痴りますが、稲は最初の頃と変わらない仏頂面で信幸の晩酌にお付き合いしています。

信幸は「お前の仏頂面もだんだん愛くるしくなってきたわ」「無性にお前の笑った顔が見たくなった」と稲を口説き始めるのですが、稲は頑なに信幸を拒みます。

つまり、これ、まだ二人は夫婦じゃないんですね。。

嫌がる10代の小娘に無理強いもできず、コショコショとくすぐる程度に手加減する信幸ですが、稲の冷たい視線には打ちのめされ、ついつい前妻のおこうさんに手を出してしまうのでした。

まあ信幸20代ですし(27歳くらい?)当然ですよね。ていうか、おこうは信幸のことを「旦那様」と呼んでますし、そういうことですよね。

●その頃上田城では、伏せるおとり様の元に松と小山田茂誠がお見舞いに訪れていました。

松は夫との再会で全ての記憶を取り戻し、茂誠は昌幸から岩櫃城の城代を任されることになりました。真田の一門として禄を得られることになったんですね。

とりは孫夫婦の幸せを大変喜びます。茂誠さまも「おばば様とこうして再会できたのに、離れてしまうのは心苦しいのですが」とものすごく優しいです。

「離れた場所に住んでいても、心は常に一つ、それが家族というものです」ととりさまは笑って二人を送り出すのでした。

●そんなとりさまを守るのは、今となっては上田城を任された高梨内記です。この人も真田昌幸を主君と定め、疑念なく真田家の家族に仕えるのが、豊臣のバラバラな感じと全く違ってて、ありがたさに涙が…

というあたりで、〈2〉に続きます。

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真田一族と家臣団のすべて (新人物文庫)

ツイッターでの解説がおなじみ、丸島先生による家臣団の本。

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