真田丸 第二十四回「滅亡」レビュー〈2〉北条家の始末。そして宇都宮裁定はずんパ。自ら天下餅をついちゃう秀吉と、しぶしぶそれを食らう家康。

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大変お待たせしました、24回後半ずんだパーリィです( ´ ▽ ` )ノ

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主従たち

●小田原には、本多正信、直江兼続も来ていまして、主君たちが氏政の説得を試みる間、控えの間にいました。

ここは「なぜ徳川様は北条様をお助けしようとお考えになったのですか?」「わが殿はああ見えて存外情の深いお人でございましてな」という正信さんのドヤァを、視聴者が聞くところですね。

情け深さに意外性のある家康公の家臣はドヤァ!できますけど、情け深さに意外性のない景勝公の家臣は「できもしない約束をしてきそうで心配」するのみでワロタ。

●そこに、氏政の説得に失敗した主君たちが戻ってきて、それぞれの家臣を連れて(昌幸のみ息子の信繁を)一人ずつ去っていきます。

最後に、迎えに来る主君のいない、板部岡江雪斎のみが一人で足早に去っていくのがなんとも切ない。彼には戦後処理のお仕事が待っており、おそらく氏政は江雪斎に全てを任せたことでしょう。

あ、自分の家老の目つきを見た瞬間「何も約束などしておらぬ」と言い訳しちゃう景勝公と、「絶対やらかしたけど、説得には失敗したんだな」と全てを見抜いて嘆息する直江さんのセット、最高でした。ハイ。

●北条氏政は切腹となります。

最後の食事では、飯にたっぷり汁をかけて、ゆっくりと書き込む氏政公が描かれます。

戦国という時代からも、大大名家の実質的な当主という身分・立場からも解放され、澄み切った目で今生最期の食事を悠々と楽しむ。

高嶋政伸さんの見事な北条供養でした。

氏政の辞世は「我身今 消ゆとやいかに おもふへき 空よりきたり 空に帰れば」。

現代語訳する必要もないくらい、シンプルでわかりやすい辞世で、名門に生まれた御曹子らしいゆったりした大らかさと、「今消ゆ」「空に帰れば」という悲しみの描写が素晴らしいですね。

●北条氏直は出家して高野山に追放されます。

史実では、氏直は自分の切腹と引き換えに将兵の命乞いをし、それに感じ入った秀吉によって切腹は免れます。その後北条の赦免を願い出て秀吉に認められ、大坂に屋敷も与えられるのですが、まさにこれからというときにまさかの病死。

小田原開城からわずかに一年後、30歳の短い生涯でした。

しかし、従兄弟の北条氏盛がその後を継いで、河内狭山藩主として後北条家は幕末まで存続することになります。

小田原開城、その後

●信繁は小田原城で手に入れた、利休印の鉛塊を刑部に見せ、刑部は千載一遇のチャンスとばかりに現品差し押さえにかかるのですが、残念ながら既に撤収した後でした。

「危ないとこやった〜」と輿で逃亡する利休さん、マジ有能。

信繁が義兄にあの蔵に引き込まれなければ、多分尻尾をつかむことはできなかったでしょう。手強い、これは手強い。

●のぼうさんの城・忍城は未だ落ちず。三成はなるべく少ない犠牲で負かしたいのに、なんで奴らはそれがわからんのだ!とブチ切れします。ロジカルがいきすぎた三成には忍城が何故こんなに忍城が頑張っているのか、ちっとも理解できないんですね…

●小田原城から戻った昌幸は「貴殿の嫌いな卑怯な手を使いますがよろしいか?」と、忍城の前に三成を調略。

まずは「戦に勝利するということは、相手の心を制すること」というかっこいい決めセリフで、みっちゃんのハートを鷲掴み。

これまでの例からわかるように、まっすぐで真面目で情の深い、しかし未だ青臭い理想主義者なんてものは、パッパのいいお客さんです。

横にいる昌相が「これだからうちの昌幸は面白いんだよな!」って顔して、「承知」とか「任せろ」とか調子を合わせてるの、ほんと最高でした。

昌幸の「北条氏政の兜を忍城に持ち込み、氏政は将兵を見捨てて命乞いをしたと噂を流す」卑怯作戦は功を奏し、パッパの見込み通り、あっさり二日で忍城は開城します。

三成は昌幸の智謀に感服して「某に戦のなんたるかをもっと教えて欲しい」と師事を申し出、昌幸はニヤっと笑ってそれを承知します。

横で微妙な顔をしている信幸は、後々石田治部と友人付き合いをするようになるのですが、その辺りも描かれるといいなあ。

●嫌々ながらも豊臣に従うことで、昌幸の、真田の、豊臣政権内での居場所ができていきます。

宇都宮仕置

●しかし、豊臣に居場所ができたとかどうとかは、パッパにとってちっとも大したことじゃありませんでした。

伊達正宗という次のお皿が回ってきたらすぐに目移りしちゃうパッパは、伊達が立ち上がれば東国の大名はみんな立ち上がる。真田はその先方となって大坂城を落とす!わしゃ伊達にかけるゾ!と夢を語り始めます。

●昌幸は「殿の戯言じゃ、真に受けるな」とわざわざ信幸の顔を見、信幸はそれが戯言ではないことを理解します。

乱世に時代を巻き戻してどうするのですか? と突っ込まれた昌幸はとうとう「何が悪い」と開き直ります。今まで「真田のため、生き残るため」と長男をごまかしてきた昌幸が、初めてはっきりその悪の側面を信幸の前に晒し、信幸は絶句します。

ここで信幸はようやく真田昌幸という男に出会います。

●が、夢をかけられちゃった伊達の方は、所領を全部秀吉に差し出した挙句に、自らついたずんだ餅を振る舞う接待パーティを敢行。

楽しくなっちゃった秀吉が「わしも餅をつくぞ!」と餅つきに参加すれば「素晴らしい!殿下ついた餅ですから天下餅ですな!」と太鼓持ちみたいな調子で、清々しいほどの阿諛追従っぷりを発揮。

昌幸たち、奥州の覇者・伊達を担ぐことをちょっと期待していた武将たちの期待をさらっとかわします。政宗さん、ド有能です。

●家康公も政宗にちょっとがっかり。昌幸と家康は互いにチクチクと嫌味を言い合い、うさを晴らします。この二人も喧嘩仲間というか、この二人なりの絆が何かできてきています。

●しかし秀吉はそれを見逃さず、家康の前でわざわざ昌幸に本領安堵の上、徳川の与力大名からも外して「徳川を見張ってほしい」なんて言って、真田の袖を引きます。殿下ェ…

嬉しくなったパッパは思わず言い笑顔で「ははー」って言ってしまうのですが、そこまで太閤殿下の狙い通りですよね。あのパッパが秀吉の掌でコロコロされているだけで、秀吉の凄まじさがわかりますね…

●ここでさりげなく、秀吉のついた天下持ちを「座りしままに食雨は徳川」がまさにそのまんま描かれます。

「織田がつき羽柴がこねし天下餅座りしままに食うわ徳川」という狂歌のような、おいしい所を最後にいただきましたって感じじゃ全然なくて、今のところ徳川さんは苦労しかしていないんですけどね。

伊達政宗

●秀吉の餅つきの祭もそばに使えていた信繁は一張羅に餅を飛ばされて大迷惑。衣装についた餅を井戸端で取っていると、そこに伊達政宗がやってきます。

政宗公はちゃんと彼が真田安房守の倅で、秀吉の近習であることを知っていました。

●政宗は初対面の信繁に、「わしが20年早く生まれていたら、もっと京の近くに生まれていたら、今日広間の首座に座っていたのはわしであった」と苦しい胸の内を晒します。

政宗は小田原に来る直前に、反政宗派の家臣たちに担ぎ上げられた実弟を自ら処分したとされてまして、生き残りをかけた戦のような非常な心持ちでこの接待パーティに挑んでいたのですね。

「わしの人生綱渡りだ」という言葉は、これまでの政宗公の人生と、そしてこの後の人生までも含めて総括した、素晴らしい一言でした。

●で、なぜこんなことを初対面の信繁くんに話すのかというツッコミが各方面から入ったことと思いますが、視聴者サービスですよね。

●伊達政宗と真田信繁は約30年後、大阪で運命的な再会を果たすことになります。

●関八州の支配者であった後北条を下し、欧州の覇者伊達政宗が臣従し、うちに豊臣秀吉の「天下一統」が成立します。

しかしここから、関ヶ原まであと十年。

有働アナの非情なカウントダウンが視聴者に告げられるのでした…

伊達さんはお客さんにはならなかった

23回で登場していた伊達政宗が、秀吉におもねり、反豊臣の神輿に担ぎ上げられないよう一線を引くためのずんだパーリィでしたね。お見事。

最後まで自分の誇りを曲げられずに死んでいった氏政と、悔しさを堪えて生き残った政宗。

昌幸の新しいお客さんになっちゃった石田三成と、昌幸の客引きをパッと払いのけた政宗。

新しくやってきた伊達くんが、さらに物語の軸を複雑にしてくれそうで、大変楽しみです。

そして、氏政と氏直と江雪斎の北条の皆さんは本当にお疲れ様でした。

私は故郷のない人間ですけど、結構長い事北条の旧領の武州に住んでますので勝手に殿とお呼びしますが、自分のとこのお殿様が立派な人だったというのは領民にとって幸せなことだと思いましたYO! ありがとうございました!

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北条氏康の子供たち

真田丸の時代考証に参加されている黒田先生による北条のご本。

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