真田安房守被害者の会 List 02・滝川一益 殿

リストの2番目は、昌幸の被害者の中ではちょっと異色な滝川一益殿。

おおらかでセコセコしない気質で、昌幸に何かと肩透かしを喰らわせるのですが、うっかり口車に乗ってしまったことで、墜落していくのでした。。

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画像転載元:nhk公式サイト

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職業軍人的名将

「先駆けも滝川、殿も滝川」と謳われた織田軍の名将。

織田の甲斐侵攻ののち、関東の押さえとして関東管領を任され、上野に入る。

誇り高く、堂々としているんだけど、気さくで、威丈高なところがなくて、素直でおおらか。

これはあの吉田信長の信頼も得るだろうと十分に思わせる段田安則さんの名演に拍手。

信長の進める「惣無事」について話し、さらに自分のような戦しか知らない人間はいずれ必要なくなると語るなど、昌幸に様々な示唆を与えた人物。

昌幸に対しては、信長に認められた有能な国人武将と良好な関係を築こうとし、あえて気さくに接する。

が、内心はそれなりに警戒していたらしく、昌幸に信長の仇を取るよう勧められた時は、

「北条が攻めてくるのが心配だから(上様の仇討ちに行けない)」

「国衆が謀反を起こすかもしれないから」

「国衆の中でも真田が一番信用できない!」

と三段論法で本人にぶっちゃけていた。

本人に堂々とぶっちゃけた後も腹を割って話す度量が素晴らしかったです。

昌幸の方も「そうでしたか。そうですよね。まあそれはそれとして」って感じであんまり気にしませんで、これが戦国武将のメンタルか。

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昌幸の甘言に乗ったのが運の尽き

信長の死後、どの大名に真田のケツ持ちをさせるか悩む昌幸に、「そうだ、滝川に天下を取らせれば真田も安泰じゃね?」と勝手に見込まれ、信長の仇討ちと天下取りを焚きつけられて、その気になったのが滝川様の運の尽き始め。

羽柴秀吉があっという間に明智光秀を討たっため、タヌキの皮算用がすぐさまご破算になり、がっかりした途端に北条の大軍に攻め込まれる羽目に。

主に昌幸の甘言に振り回されたせいで、後手後手に回ったと言っても過言ではない。

しかも昌幸の方も突然「大名なんかいらん!」と覚醒し、織田に召し上げられて滝川様が統括していた岩櫃城・沼田城を、北条の上野侵攻のどさくさに紛れて奪回。ひどい。

さらに戦の混乱で真田の裏切りは耳に届いていないだろうと踏み、沼田強奪のその足で滝川の陣中を訪ねる昌幸の度胸と鉄面皮。ここは本当に凄かったです。

対照的に、自身の敗走中に昌幸がわざわざ訪ねてきてくれたことに心から喜び、「岩櫃・沼田は真田にお返しいたす」という滝川様のお人柄はどこまでも素晴らしいのであった。

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しかし、滝川様は

しかし、滝川一益のすごいのはここで、昌幸をあっさり信用したように見えたにもかかわらず、信濃を抜けるまで人質は連れて行かせてもらう、自分には兵をみんな無事に引き揚げさせる責任があるからと、本人に堂々と了解を取り付けるんですね。いいなあ、堂々って。

こうなると昌幸の付け入る隙はなく、昌幸は人質奪回をまだ若い信繁に任さざるを得ず、失敗した信繁は滝川様の人質に加えられてしまいます。

滝川様は、「真田なんてもう一切信用できない」といいながら、真田の小倅にも昌幸の母・おとり様にも特に手酷い扱いをするようなことはしないのでした。

その後の滝川一益は、織田家の今後を話し合う清洲会議に間に合わず、また参加した戦にはことごとく負けを喫し…と、どんどん地位を失っていきます。

出会った厄病神が悪すぎました。合掌。

なお、史実では

史実では、真田は滝川一益の撤退を助けて良好な関係を築いています。

が、昌幸の娘が滝川様の孫に嫁いで姻戚となり、その縁で、夏の陣の後に信繁の娘をこっそり養女にして保護し、嫁がせたことがバレて、せっかく仕官できた徳川の旗本を改易になったりと、滝川一族はどこまでもまっすぐで義に篤く、そしてやっぱり真田のせいで酷い目にあうのでした。

(子供の代に小禄ですが、旗本に復帰しています。よかった。)

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