「攻略」善悪の彼岸に魂を置く、出浦昌相という男。

23回は、大坂編で描かれてきた、時代の変化、主人公世代の成長と世代交代、秀吉の晩年の事件の仕込み、関ヶ原につながっていく石田治部の性格描写などなどのテーマがひと段落ついた感がありました。

盛り上がりと予定調和が交錯する中、「攻略」の回で消化しきれない何かを視聴者にぶつけてきたのは、私は予想だにしなかったんですけど、出浦昌相でした。

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画像転載元:nhk公式サイト

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作中最強クラスの男、しかし。

思えば、出浦さまは小県の国衆仲間として登場した時からものっすごいかっこよかった。

信濃編のたっぷりした緑、陰影の少ない白い光、草木染めの燻んだ青や緑、埴(土)染めの茶色、ツヤツヤの木の床や素朴な白木の柱といった中で、ただ一人赤と黒をテーマカラーにした出浦さまのスペシャル感ときたら。

しかも信玄公の透破を統括していたとかいうバロック的ロマンチック設定。

当然のことながら、腕っ節も強く、本多忠勝・矢沢頼綱・森長可らとともに推定戦闘力は作中最強クラス。

「僕の考えた最強のニンジャマスター」を地でいく出浦昌相。

私もこのかっこよさが大好きなんだけれど、しかし、言って見れば「強くてかっこいい」が第一義の人であり、ドラマとしての厚みを担当する人ではないと思っていました。私生活が全く描かれないし。

で、そんな彼が「乱世でしか生きられない男を愛してしまったら、人はどうするのか」という背中に背負っていた課題を急にむき出しにしたので、衝撃を受けたんですよ。軽く絶句するくらいは。

善悪の彼岸

作中で最も人を殺しているという昌相は、おそらく普通の人間の考える善悪を超え、割と生きながら彼岸に達しているところがあります。

かといって人間性を捨てているでもない。源三郎を気遣ったり、源次郎の頭をぽんぽんしたり、佐助の面倒をよく見たりする。

そんな普通の人間性と、善悪の彼岸を超えた悪魔的ところを繋いでいるのが、「(透破の)信用」なんですね、多分。「己の信用」を自分で裏切らない限り、人間で居られる的な。

なので「明智光秀になってもいいぞ」「聚楽第は落とせるぞ」みたいな発言を、私は忠義の対象である真田昌幸を生かすために、敢えて不穏な言葉でイライラを逃してやっているという方向で理解していたんですけども、実は全然そうじゃなかったというのが衝撃で。

「好機到来」ってアンタ。

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画像転載元:nhk公式サイト

何が、どうなるのか

出浦昌相にとって忠義と敬慕の対象である主君は、特別なもののはず。ではその真田昌幸が何者かというと、これがまあ厄介極まりない男です。

あっちとこっちの境界に立ち、世界の隙間に手を突っ込んでお宝を取り出すような人間は、隙間のなくなった平和で窮屈な世界では生きていられません。

本多忠勝のような無骨な武人が、平和な世界で浮いてしまうのとは、「乱世でしか生きられない」の意味が違う。

それをよく理解し、こんな昌幸のために世を乱世に戻そうとまで思う昌相ですが、史実では信幸に使えて江戸時代まで生き延び、結構長生きをするんですよね。

善悪の彼岸を渡ってしまった人間が、一体どのような葛藤を経て、惚れた男と別れて、男の長男についていくことになるのか。見捨てるのか。それとも別れこそが昌幸を生かすと信じて、剣を収めて普通の人になるのか。

出浦昌相の人間的側面とか言う重い爆弾をここでぶつけられるとは思わなかったので、急に立体的になった出浦さまの造形にフラフラするよ……。

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はよ1回から見直したい。

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