「裁定」おじさんたちが時代に取り残された自分に気がつくとき。

今回は、乱世に生き、武勇が己のアイデンティティだったおじさんたちが、時代の変化を認め、自分への「裁定」を下す回だったのかな、と思いました。

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画像転載元:nhk公式サイト

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乱世の習い

信濃を席巻して謀将の名をほしいままにした真田昌幸が、次第に時代に取り残されていくさまは、大坂編に入ってからこれでもか、これでもかと描かれてきました。

18回の「上洛」以降も、以前の調子を取り戻しつつあったものの、決して、新しい秩序に気がついて順応し始めたというわけではありませんでした

ずいぶんしつこくパパ上を時代遅れに描くのだなあと、この辺にはいささか疑問に思っていたのですが、まさか昌幸が北条氏政との対比にフューチャーされるとは。

14回から続く残念な昌幸の描写は、そのまま、新しい時代に対応できない氏政の姿でした。

フィジカル系乱世の申し子達

乱世の収束に気持ちがついていかないおじさんたちはこの二人以外にも登場します。

というかフィジカル系はほとんど全滅。

つまり、戦国最強武将の本多忠勝と、対北条最終兵器の矢沢の大叔父上、僕らの考える最強かっこいいニンジャマスター・出浦昌相です。

これらのおじさんたちは実績があり、周囲の尊敬を得ており、さらにメンタルも強いので、変化というものを受け入れなくても生きていける→気がついた時にはもう時代が変わっている。

そのために、彼らにとっては突然な形で強力に変化を突きつけられる。

忠勝は名胡桃城が北条に奪われた際に、信幸に加勢を申し出て一喝され、

矢沢の大叔父上は断固とした信幸に回収され、

出浦さまは昌幸について京都に行き、時代が変わったことを察する。

彼ら乱世の習いが身に染み付いたおじさんたちの劇画的な象徴が、「前兆」で大人の事情で落書事件の犯人とされた尾藤道休でした。

大大名、大大名の家臣、国衆、そしてただの平民である尾藤道休。

様々なタイプの「乱世に順応したおじさんたち」がついていけない、という形で乱世の収束を描くのが、攻めてるし、捻ってて面白いよね。

メッセージか、それとも皮肉か

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画像転載元:nhk公式サイト

根っからの脳筋である忠勝や、家中では独裁者として描かれる氏政、教養のない悲しい平民である道休と違って、昌幸はだいたいなんでも持っている人です。

大名としてのパワーこそ小粒ですが、知略に優れ、教養も身につけていて、度胸もあってタフで悪運も強く、名声も強兵も持ち、さらに愛する家族もいて、慕ってくれる家来もいる。

昌幸のような万能系の天才肌でも、自分が望まない方向での世の中の変化はこれほどわからないもの、というのが脚本からのメッセージか、もしかしたらものすごい皮肉なのかもしれないなあ、と今回は思いました。

信頼が自らを救う

彼の救いは息子たちと、家族ですら困ったもんだと思っている彼の山師的性格に寄り添ってくれる懐刀・出浦昌相です。

昌幸が手間暇愛情をかけて育てた息子たちはうまい具合に仕上がって、父親を扶ける。

そして倅に背中を追い越されるという形で時代の変化に気がつく寂しさを、年齢も立場も近い幼馴染が支えてくれる。

…というのは、年をとって変化についていけなくなっている人間が自らを見直す時の、理想的な状況かもしれません。過去の自分が積み上げてきた信頼に救われるんですね。

実は出浦さまと直江が同属性なのが、しみじみきます(オカン枠)。

氏政もそれを持っていたはずなのに、苦い酒を飲み下せずに自ら滅んでいくんですね。

自分を変える決意をする、ある人にはできて、ある人にはできない。また同じ人にもできる時とできない時がある。

そういうようなことをいろいろ考えてしまった回でした。

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