「戦端」関八州をその手に収めるもの。

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画像転載元;nhk公式サイト

秀吉に、北条氏政の人となりを聞かれた家康が、「関八州の覇者たる誇りと自信を一人で背負い込んだような男」と評するところが印象的でした。

内野さんの表情がなんとも言えず、良かったですね。

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憧憬のような

家康は、氏政との対面シーンでは「戦仲間」と、一緒に乱世を生き延びてきた共感を表現していましたけれど、この冒頭のシーンでの家康からは、それだけではないものが感じられました。

それは、氏政個人に対してのものであると同時に、関八州という広大な土地の主人に対する憧れのようなもの。

この時、家康は、後北条氏が祖とした執権北条氏、家康が尊敬していたという源頼朝を氏政に重ねていたと思います。

さらに言えば、関東という土地それ自体へのロマンティックな思い入れも。

あの短い時間の演技でそういうものが背景にあるのがパーっと伝わってきたんだから、内野さんはすごいなあ。

しかし、家康の氏政評を聞いた秀吉は「討ち滅ぼすか」と吐き捨てます。

自分の権威付けに朝廷の力を利用している秀吉からすれば、氏政を頼朝や北条泰時に見立てるような話はちょっと面白くないわけですね。

家康の関東への思い入れのようなものを感じ取ると同時に、今に至るまで続く日本の東西対立も感じさせます。

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西から目線

というわけで、小田原征伐を前にして、急に西から目線を感じるようになりました。

北条氏政が秀吉に従わなかったのは、中央から離れた、関東という僻地にいたせいという説明は、まあ全くそういう気配がなかったとは言いませんけれど、あと結局北条は滅ぼされるわけですけど、やはりあくまで西からの視線という気がします。

私にとってはこの東西対決というものは、源氏物語の浮舟あたりから、戦後の米ソ東西冷戦〜現代の米中対立に至るまでの大好物でございます。

真田丸では、北条討伐を堺の商人代表である利休がけしかけてきたりして、東対西、農(武)対商か、とポっと火が点いたような思い。

貴族の物語である源氏物語では東西「対決」はしませんけど、京都から見た東国は、暗黒のような異界として表現されます。

暗黒だけど、すごく豊かな世界であって、このイメージが平安末から鎌倉初の軍記物語にそのまま続いていく。

義朝の関東下向とか、頼朝の挙兵であるとか、義経の奥州行きとか、史実ではありますが、物語のパターンの一つにすらなっているような。。

そして坂東武者の気風の一つに朝廷何するものぞいう、気概がある(この気概は京都への憧れと表裏一体だったりする)。

家康は新田氏(源氏の棟梁・河内源氏に連なる名門)の裔と自称しているので、当然そのあたりのロマンスには敏感なはずで、「関八州」と彼が言う時に「源氏の王国」としての関東を想起していた感じがするなあ。

小田原征伐にまで至るあれやこれやは、「強大すぎたために時代に取り残される大大名」にプラスして日本における東西対立の軸で見るとぐっとロマンが増すとおもいます。

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とはいえ、念のためご注意ください。

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