真田安房守被害者の会 List 01・真田信幸 殿

滝川一益や春日信達、退場してしまった魅力的な敗者たちについて、どうしても語りたくて、こんな連載を考えてみました。

しかし、リストのトップは長男さん以外考えられず、魅力的な敗者を語るはずが、四代将軍の治世まで生き残る人から語ることになってしまった💦

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画像転載元:nhk公式サイト

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真田安房守の嫡男に生まれてしまった男

●真田信幸 基本データ

生誕永禄9年(1566年)
死没万治元年10月17日(1658年11月12日)
父母 父:真田昌幸、母:山手殿(寒松院、宇多頼忠の娘か)
妻  正室:小松姫(本多忠勝の娘)
側室(始め正室):清音院殿(真田信綱の娘)
側室:右京(玉川秀政の娘)

wikpediaより

真面目でまっすぐで、誠実な人柄の好青年で、のびやかな大器。

表裏比興と称された天才肌の謀将である父親とは全く異なる性格に育った。

そのため、父親からは事あるごとに(クソ)真面目と称されるが、信幸曰く「そのように父上に育てられた」との事なので、おそらく武田家が安泰だった頃は、勝頼公の忠実な家臣であるべく長男を育てていたものの、織田信長の甲斐侵攻→主家武田家滅亡ピンチに父親の方が変節し、地の性格を出してきたものと思われる。

武田家滅亡直前に人質の立場を解かれ、新府から真田の郷に戻る。

以降はパパ幸に「お前に芝居はできないから」とさらっと騙されて囮に使われ、「俺って何?」とアイデンティティの危機に瀕するところから始まって、父親の本性をこれでもかと見せつけられて唖然呆然とする日々。

しかし、いつの間にか父親の突飛な言動に慣れてしまい、突っ込み役として成長を遂げる。

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画像転載元:nhk公式サイト

武闘派

長身に恵まれた武闘派の若武者で、寡兵の先頭に立って武功を立てること多数だが、ドラマ中では彼の武闘派としての側面の描写は控えめ。

「戦で大暴れできなくなる」と乱世の終焉を惜しんだセリフで表現されていましたが、「乱世でしか生きられない」父親の悲しさ、悲惨さと違って、爽やかでした。

武闘派だけど、嫡男ということで意外と箱入り。

決して死なさないように大事に守られているのだが、命の危険がない限りにおいては雑な扱いである。

中の人が大泉洋さんなので、思うようにならない立場や、パッパのとんでも発言に涙目で動揺するのが、可愛い面白い可愛い。

「父上はいつも弟ばかり贔屓する」と拗ねて奥さんに甘えたりする一面もあり、恵まれたフィジカル(史実の真田信之は身長185cmの偉丈夫)と合わせて見ると、大型犬的可愛らしさでオススメ。

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遠くへ

作中では、カタルシスの少ない忍耐長生きルートを受け持つ信幸は、落ち込んだりもするけれど、特に誰に迷惑をかけるでもなくいつの間にか自分で階段を上がって成長しているという稀有な特質を持つ。

つまり割に合わない苦労を背負いがち。

どれだけ上洛を進言しても受け入られなかったのに、ひたすら父親を心配し、上洛して秀吉に打ち据えられれば即座に寄り添ったその帰り道に、愛する妻と離縁させられて政略結婚させられる。

「ここは泣いてくれ!」には、笑ってしまったけれど、これが大泉洋さんでなければ、こんなに昌幸の魅力を引き出せなかったろう。

信幸は昌幸の被害者かもしれないけど、真面目で誠実な若者と天然の腹黒狸親父という組み合わせは、お互いの魅力を引き立てあう。

犬伏、関ヶ原と敵味方に袂を別つものの、岳父の天下分け目の合戦に従わないどころか、38000の大軍に対して3000の寡兵で渡り合って伝説を作ってしまった父弟の助命を願い、生活費を仕送りし、父親が亡くなった時には葬儀を願い出る。

第二次上田合戦で昌幸にしてやられた二代将軍秀忠の嫌がらせで、住み慣れた上田から松代に転封させられる。

報われない苦労を決して投げ出さず、荒野を走り続ける信幸は、本人が思っていたよりもかなり遠くまで行くことになる。

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図説 真田一族

考証を手がける丸島先生による、「真田丸」のためのライトな予習ムック的なもの。

図説というだけであって、グラフィック多めで楽しいです。

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