大河ネタが不足してるなら過去作品をリメイクしたらいいじゃない? ていうかしてくれ。

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大河関連のニュースや批評では、ほぼ唯一まともなことを言ってくれるORICON STYLEから。

http://www.oricon.co.jp/news/2064587/full/

ここ数年、NHK大河ドラマの視聴率が苦戦を強いられている。イケメンやアイドルを投入するなど、試行錯誤しているものの、下降傾向のまま。大河ドラマの存在意義そのものが問われるまでになっている。

まず第一に考えられるのが、題材の枯渇。放送50年以上を超える長期シリーズとしては致し方ないのかもしれないが、大河ドラマとして考え得る素材は出尽くしてしまっている。そのため、マイナーな人物にスポットを当てるしか選択肢がない状況になっているのだ。

これはほんとその通りだと思います。でもね、マイナーな人物にスポットを当てて、小さな河でスケールが小さく、歴史を歪めて描くしか、本当に選択肢はないんでしょうか。これからもどんどんマイナーな人物を捜してドラマ化するつもりなんでしょうか。やめて。

私は過去作品と被ってもいいと思うんですよ。というか、むしろリメイクしろ!!

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現代の役者さんで、新しい解釈で

商業的な映像作品というのはその時その時の価値観、解釈で作られるもの。名作、有名なエピソードは、時代が変わるごとにその時代の、そのときのスタッフと役者さんの解釈で見たいと思っちゃう。

白い巨塔だって、田宮二郎さんの財前は最高だった!!と思いながら、村上財前も唐沢財前も見ちゃいますよ。前作と見比べて、設定も役者さんもどう変わったのかみたいですから。新作はえてしてこき下ろされますが、でもそれも蓄積で、逆に蓄積が詰めるっていうのはほんと貴重なことだと思う。

歴史上に名高い戦国の三傑や上杉武田、幕末などは、映像作品、文学問わず、過去の先行作品が豊かな蓄積があるからこそ、どうやってもある程度の質はクリアできるというアドバンテージがある。

私は過去作品の蓄積を生かしたものをまず作ることをお薦めしたいです。

そうやって過去作品を眺めてみると、「国盗り物語」なんて高橋英樹御大がお元気なうちに斎藤道三をやっていただきたいし、「花神」は大村益次郎をイケメンでリメイク…は反感買いそうだけど、「花の生涯」あたりも誰かしら井伊直弼ができそうな役者さんがいるはず…とワクワクします。

まるまるリメイクじゃなくていい、現代の解釈でいいんですよ。過去の蓄積を避ければ避けるほど作品が貧しくなるのは、ここ数年の大河作品で見てる方もよく分かりましたから。

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時代考証すべきところは

あと、歴史ドラマの肝と言っていい、時代考証についてですが、最近の大河では制作側との温度差を感じますね…

歴史を扱う大河ドラマは「時代考証」も批判の対象になりがちだ。今の時代、インターネットで調べれば、ある程度の情報が気軽に手に入るから、事実に忠実でないシーンがあればすぐにでも手厳しい意見が飛び交う。

記事では主に、歴史イベントの史実の表現が、視聴者と制作側でマッチングしないと語られてますけど、私は、史実そのまんまやる必要はない、ドラマに合わせて再構成するのは全然アリだと思ってます。

史実と違うことをすれば誰かに指摘はされる。でもそこは(面倒でしょうけど)ドラマだから史実とは違うんだよ、と何度でも説明すればいいことじゃね??

より厳しく批判されるのは、歴史イベントを無理矢理主人公の功績に結びつけて、主人公持ち上げ要素に捏造するからだと思いますよ。

ほんとここ数年の大河を見て思うんですが、別に主人公が裏で日本の歴史を動かしてなくてもいいという事実にそろそろ気が付くべきですわ。

魅力的に過去の所作・生活を描いてほしい

むしろ時代考証について厳しく批判すべきなのは、所作とか生活、風俗の部分じゃないかと思います。

私もそんな伝統的なマナーなんてわかりませんけども、そんな私でも、新婚夫婦を母屋の屋根裏部屋に起居させたり、外様大名の奥御殿が大奥になったり、大奥No3なのにいつも同じ打ち掛けだったり、部屋の中で棒立ちで話をする姫君だったり、病人を二階に寝かせたり、かたくなに女中を雇わなかったり、主人公の恋愛結婚にこだわったりするところには、突っ込みたくなっちゃいますから。

「八重の桜」は所作指導が素晴らしくて、もちろん、それらしく見えるというレベルの話ですけれど、見ていて気持ちよかったし、ドラマに没頭できるものがありました。

歴史イベントに多少アレンジがあっても、風俗の再現を気持ちよくしっかりしてくれれば楽しめるし、それがドラマのストーリーに連携していけばなおgood。

「八重の桜」を褒めるばっかりになっちゃうんですけど、会津藩の本陣で主に描かれた美しくも古風な所作は、風俗の再現というばかりじゃなくて、裏を返せば新しい時代に柔軟に対応できない会津藩の駄目駄目さの表現でもあった。

でもだからこそ、後半で八重ちゃんは柔軟に、宗教を変え、服装を変え、生活を変えて生きたわけですよね?(という説得力があった)。

惜しかったのは「平清盛」で、後白河帝の今様狂いのエピがなかなか印象深く使われてましたけど、京の街の貧しく薄汚れた庶民が謳う、同じ謳を内裏で皇子が謳う…ともっとモブを生かして描いていたらもっと後白河帝の異常性を表現できて良かったのに、と何度も思いました。

エキセントリックな帝王との政争で次第に疲弊して老害化していく清盛っていうのもおもしろい解釈でした。あれならどっちかっていうと、若い頃は王子様にしといた方が良かったんじゃないかな、とかもね。

そういうおもしろい解釈をドラマの表現にどうつなげて行くか、それを磨くには一回だけでは無理なんで…ぜひリメイクっていうのは考慮して欲しいですね^^

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