花燃ゆ 第十四回「さらば青春」感想

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○孝明天皇は朝廷の許可なくアメリカ・ロシアと条約を結んだ事を咎める勅状を、幕府ではなく水戸藩に送ります。
それにより、急速に幕府への不満が高まりますが、井伊大老は幕府への批判・抵抗を徹底的に取り締まる命を下します。いわゆる「安政の大獄」の始まりであります。
さっそく京都の梅田雲浜とともに、塾生の赤禰武人がとらえられ、雲浜サロンにいた久坂くんは生死不明に。文ちゃん大ショック。

○しかし久坂くんは雲浜サロンの捕り物劇から寸でのところで逃亡し、江戸に舞い戻っていました。
そのことを長州に戻って知らせてくれたのは、かつて文ちゃんといい雰囲気になった吉田稔麿くんです。
おなじく江戸から戻ってきた入江兄弟によって、水戸藩では井伊直弼の暗殺すら計画されはじめたという情報ももたらされます。
松蔭と松下村塾塾生たちは、他藩に遅れをとってはならないと、安政の大獄の実行役員である老中・間部詮勝の暗殺計画を決め、塾生全員で血判状に署名・血判を押します。
その血判状は、藩の上役を自分が説得してきますと申し出た吉田稔麿くんが預かる事になります。
そんな暗殺計画〜血判状までの一部始終を、賄いを差し入れにいった時にうっかり「立ち聞き」してしまう文ちゃんです。

○ここ数回は松蔭先生がどんどん思想を先鋭化させて、より過激になっていく、松陰先生と塾生との相互の影響によってそうなっていく…ということをしつこく描いています。
松蔭が敢えて自分自身を追い込んでいるということもあるのですが、なにより長期間の蟄居幽閉のせいで、人間関係の幅が狭くなっていろいろおかしくなってきてるんですね。
もちろん鬱屈もしています。そのため、松蔭は先鋭化と同時にどんどん子供っぽくなっていきます。
そんな中で、杉家兄弟の父、百合之介が寅次郎にの子供時代を思い出して「赤穂浪士や楠木正成の本を読んで聞かせてやった」と語ります。
攘夷から倒幕へとつながっていく、文化的なバックボーンとして、民衆が親しんだ過去の英雄の物語があった、という指摘。と同時に、杉家のあたたかな親子関係が垣間見える、このちょっとしたシーンはとても印象的でした。
長尾さんの演技がまたほっこりなんだよね。

○血判状を預かった吉田稔麿くんは、周布さまを尋ね、開国反対を訴えます。
が、実は吉田くんの本心は松蔭からは離れつつあります。
吉田くんは江戸屋敷で働いて現実を見てますし、実家に戻れば年老いた母親や妹などの家族もいるので、松蔭先生の煽りを冷静に見るようになっている。
それは伊之助や周布さまも同じで、現状と将来に不安を抱えていながら、現実に藩で仕事をしている立場からすると、松蔭の過激さっていうのは浮世離れしすぎているわけです。
周布様に「お前は本当にこれでいいと思っているのか!」と一喝されて泣き崩れる吉田くん。
吉田くんだって、いいと思ってるわけじゃないんですよねー。
しかし、松陰先生の塾がなければ今の自分はない、すべて松蔭先生のおかげですから、裏切れません、というわけです。古典的恩義しばりです。

○塾生の家族たち、吉田くんの妹さん、入江兄弟の妹さんも、兄たちの不穏な空気を感じ取っています。
幼なじみの女の子たちから、何が起こってるの?と問われた文ちゃんですが、暗殺計画のことを打ち明けられません。
吉田くんに他言無用と言われたこともありますし、自分の兄が、幼なじみの兄たちを危険な道に巻き込んでいる申し訳なさやらなにやらで、とても言えないんですね。

○しかし文ちゃんは、悩み苦しむ吉田くんの胸の内を知り、ついに家族に寅次郎が立てている暗殺計画のことを打ち明けます。
光の早さで寅次郎の離れに飛んでいく叔父上。

○叔父からは横っ面を張られ、父からもひっぱたかれた上に「わしを切っていけ」と太刀を持たされて、呆然とする寅次郎。
「お前はわしの自慢の息子だ。しかし許す事はできん。(だから)わしを切っていけ」と実の父から言われますが、寅次郎はもうおいそれと後戻りできないくらいに自分の気持ちを追い込んでしまっていて、咄嗟に刀をおさめる事も、振り下ろすこともできない。
梅兄さま♡が身を呈してそれを止めます。

○文ちゃんも「ここは人殺しの算段をする場所ですか」とかなり厳しく寅次郎を責めます。
文ちゃんは前回から表情がかなり変わっていて、寅次郎がやや子供っぽい表情をするのとは反対に、非常に険しい表情ですごい迫力。
しかし、寅次郎にはもう何をいっても通じません。低レベルな言い争いの中、伊之助がやってきて、寅次郎を再び野山獄に収監することを告げます。
伊之助は、もう寅次郎を止めることは誰にもできないことを感じ取って、自ら藩に進言したのです。同じ教師として(えーと、一応伊之助は藩校の先生だよね?)、生徒を危険に巻き込む先生はもう先生と呼ばれるに値せん、と寅次郎にかなりきつい忠告をしますが、それすらもう寅次郎には届かないのでした。。

○小雪がちらつく中、寅次郎は野山獄に向かう前に吉田稔麿宅に立ち寄ります。
しかし、吉田くんは、僕には家族の生活を守る義務があります、先生にはついていけません、申し訳ありません、と、松蔭と決別するのでした。

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これを2月末あたりでやっていたら

井川遥とか、恋ばなとか、そういう歴史要素を薄めるものをカットして、これを2月中にやっていれば、「江」の底割れなんてロークオリティにはならなかったんじゃないでしょうか。
今になっても歴史的な背景の語りが足りないので、寅次郎や塾生が子供っぽくなってしまって非常に残念です。

いえ、子供っぽいのは仕方のない事かもしれない。実際、280年も続いた徳川政権、もっといえば800年も続いた武士政権という日本の歴史の潮流を変えるなんて、相当クレイジーにならなきゃできないことですから、「クレイジー」を表現するのに、子供っぽいっていうのはアリだと思うし。

だけど松蔭の一方的なクレイジーさだけじゃなくて、周囲の安定にしがみつこうとする危うさも描いて、シーソーみたいに揺さぶってくれればもっと良かったと思うんですよね。
そういう揺さぶりを嫌がる視聴者も多いと思うんですけど、大河ドラマはそういうのに迎合しなくていいんです。
日曜夜にヘビーなドラマを見て、月曜日の憂鬱を上書きするものなのです。

ていうか、長州藩について真正面から描いた大河がそろそろ見たいです。
幕末の「攘夷」「尊王」「開国」というプロパガンダの濫発と、それに簡単に乗せられて情緒的に行動してしまう人々という構図は、後の2.26事件や第二次世界大戦〜太平洋戦争までの昭和の戦争時代でのそれ(八紘一宇だとか国体護持だとか)と重なる、日本人にとっては、同じ現象の成功例と失敗例ではないですか。
成功例である維新も、薩摩視点で描けば、西郷隆盛は西南戦争で、大久保利通は暗殺で、ドラマとしては陰鬱ではありますが、花火をあげて終わることが出来ます。
でも、長州視点になるともっと先まで、太平洋戦争で日本が滅亡する一歩手前という失敗例まで、というか、現代の安倍晋三首相にまでつながっていたりするでしょう。

そういう見ていてモヤモヤするようなものが見たい。もう大河でなくてもいい。NHKでなくても、民放でもいい。

ごまかしのきかない長州の真実の歴史ドラマを作る方が、古館伊知郎に報道ステーションで当てこすりを言わせるよりもよっぽど全うな安倍首相批判になって拍手喝采を浴びると思うんですが、テレビ朝日さん、いかがでしょうか?

尊王に至る物語り

今回一番面白かったのは、本文でも少し書きましたが、父・百合之介が寅次郎の幼い頃に、赤穂義士、楠公の物語を読んで聞かせたのを「お前はわしが育てたように育った、自慢の息子じゃ」と話すところです。つまり立ち回りのとこです。

赤穂義士、楠公(楠木正成)の物語、江戸期に流行した他の仇討ちの物語(例えば曽我物語)も、はっきりとは書いてないけれど、幕府への批判が込められています。
体制に組み込まれた人間はそういう気持ちに気がつかなかったふりで蓋が出来るけれど、組み込まれなかった人間はそうではない。
当然、自分の息子と同じ思想の人間は多いだろう、同じような行動を起こそうとするだろう、それはもう止めようがない、ということをお父さんは知ってしまうんですね。

しかしその端緒を自分の家の人間に切らせるわけにはいかないし、そうなった時に自分が命を張って止めたという実績が無いと、寅次郎が何かしたときに他の家族を守れない、といういろんな判断する。
それを、激情家で怖いけれど単純な叔父が、文に話を聞いたとたんに飛んでいき、穏やかで有能そうには見えないけれど洞察力のある父が、太刀を持って一歩遅れて踏み込む、という対比で表現する。

「花燃ゆ」はスイーツホームドラマなのでこういう作りになってますが、こういう作り込みはまあ、そんなに悪くはなかったです。というかすごく良かったです(デレてみた)。

こういう重層的なものが読み取れると楽しい。つか、こういうのを制作側が仕込み、視聴者が読み解くのが歴史ドラマなんだと思いますよ! がんばって仕込んでください〜。

最後に落とすのはなんですが

2chで「おにぎり持って立ち聞きしてるやつが主人公か」という書き込みがあったのですが、いやもうほんとどんなに脚本ががんばっても、役者がいい演技しても、行き着くところはそこなんですよね。
制作側を責めることの多い私ですが、最近は間違った企画を無茶ぶりされる製作陣も気の毒になってきた。

というわけで、また来週! アデュー!

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